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Minerva2050 午後の愉しみ 記憶の記録   

 

映画「夜叉」 


夜叉【Blu-ray】夜叉【Blu-ray】
(2012/08/22)
高倉健、田中裕子 他

商品詳細を見る


映画だけ観てくれ、と私生活を全く見せなかった映画俳優は「渥美清」と「高倉健」だけでしょう。

ふつう世間に顔をさらしてなんぼのお仕事でしょうから、相当きつい生き方やと思いますが大した人たちです。

さて、

テレビの追悼番組では健さんの代表作は大体見せてくれましたが、高倉健のこの一本は、問われれば「夜叉」でしょう。

わたしには、おおむね2時間というしばりのなかで、起承転結をわかりやすく楽しませて「うまいなー」と映画館を出ていけた快感が残ったのが「夜叉」でした。だれもが「健さんカッコえかったなー」と声掛け合って幸せそうな顔をしていました。

もちろんそこには周到な監督の計算、いい脚本、木村大作の映像、健さんのオーラを浴びた出演者たちの好演があってのことのでしょうが、ただ「えかったなー」のひとことで見終わる映画が最高の作品なのかもしれません。

賞にはあまり縁のない娯楽作品でしたが高倉健さんを記憶にとどめる名作でした。(合掌)


あらすじ

背中一面に彫られた刺青から「人斬り夜叉」と呼ばれた、大阪・ミナミの伝説の男、修治は、女の為にヤクザから足を洗い、若狭湾に面した小さな港町で漁師となって妻子と暮らして15年。ある冬のこと、ミナミから螢子という女が流れてきて小さな居酒屋「螢」を開く。螢子の都会の刺激と香りに満ちた妖しい魅力に男の心が揺れ動く。しばらくして、螢子のヒモでシャブ中のヤクザ、矢島が現れる。矢島が漁師仲間たちを相手に覚醒剤を売っているのを知る。覚醒剤を処分した蛍子を矢島が追いかけ、修治が守る。螢子に矢島を助けてほしいと言われ、ミナミに。そして、修治の中の夜叉が蘇る…。(引用 Wikipedia)

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Category: 映画

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映画「夜叉」 


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映画だけ観てくれ、と私生活を全く見せなかった映画俳優は「渥美清」と「高倉健」だけでしょう。

ふつう世間に顔をさらしてなんぼのお仕事でしょうから、相当きつい生き方やと思いますが大した人たちです。

さて、

テレビの追悼番組では健さんの代表作は大体見せてくれましたが、高倉健のこの一本は、問われれば「夜叉」でしょう。

わたしには、おおむね2時間というしばりのなかで、起承転結をわかりやすく楽しませて「うまいなー」と映画館を出ていけた快感が残ったのが「夜叉」でした。だれもが「健さんカッコえかったなー」と声掛け合って幸せそうな顔をしていました。

もちろんそこには周到な監督の計算、いい脚本、木村大作の映像、健さんのオーラを浴びた出演者たちの好演があってのことのでしょうが、ただ「えかったなー」のひとことで見終わる映画が最高の作品なのかもしれません。

賞にはあまり縁のない娯楽作品でしたが高倉健さんを記憶にとどめる名作でした。(合掌)


あらすじ

背中一面に彫られた刺青から「人斬り夜叉」と呼ばれた、大阪・ミナミの伝説の男、修治は、女の為にヤクザから足を洗い、若狭湾に面した小さな港町で漁師となって妻子と暮らして15年。ある冬のこと、ミナミから螢子という女が流れてきて小さな居酒屋「螢」を開く。螢子の都会の刺激と香りに満ちた妖しい魅力に男の心が揺れ動く。しばらくして、螢子のヒモでシャブ中のヤクザ、矢島が現れる。矢島が漁師仲間たちを相手に覚醒剤を売っているのを知る。覚醒剤を処分した蛍子を矢島が追いかけ、修治が守る。螢子に矢島を助けてほしいと言われ、ミナミに。そして、修治の中の夜叉が蘇る…。(引用 Wikipedia)

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映画「夜叉」 


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映画だけ観てくれ、と私生活を全く見せなかった映画俳優は「渥美清」と「高倉健」だけでしょう。

ふつう世間に顔をさらしてなんぼのお仕事でしょうから、相当きつい生き方やと思いますが大した人たちです。

さて、

テレビの追悼番組では健さんの代表作は大体見せてくれましたが、高倉健のこの一本は、問われれば「夜叉」でしょう。

わたしには、おおむね2時間というしばりのなかで、起承転結をわかりやすく楽しませて「うまいなー」と映画館を出ていけた快感が残ったのが「夜叉」でした。だれもが「健さんカッコえかったなー」と声掛け合って幸せそうな顔をしていました。

もちろんそこには周到な監督の計算、いい脚本、木村大作の映像、健さんのオーラを浴びた出演者たちの好演があってのことのでしょうが、ただ「えかったなー」のひとことで見終わる映画が最高の作品なのかもしれません。

賞にはあまり縁のない娯楽作品でしたが高倉健さんを記憶にとどめる名作でした。(合掌)


あらすじ

背中一面に彫られた刺青から「人斬り夜叉」と呼ばれた、大阪・ミナミの伝説の男、修治は、女の為にヤクザから足を洗い、若狭湾に面した小さな港町で漁師となって妻子と暮らして15年。ある冬のこと、ミナミから螢子という女が流れてきて小さな居酒屋「螢」を開く。螢子の都会の刺激と香りに満ちた妖しい魅力に男の心が揺れ動く。しばらくして、螢子のヒモでシャブ中のヤクザ、矢島が現れる。矢島が漁師仲間たちを相手に覚醒剤を売っているのを知る。覚醒剤を処分した蛍子を矢島が追いかけ、修治が守る。螢子に矢島を助けてほしいと言われ、ミナミに。そして、修治の中の夜叉が蘇る…。(引用 Wikipedia)

Category: 映画

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「意志と表象としての世界」ショーペンハウアーを読む(1) 

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ショーペンハウアーさんがひどく変わったおもしろいオジサンであることはすでに述べましたが、

その代表作「意志と表象としての世界」もまたじつに愉快な哲学書ではあります。

まずは、その序文、読者にこの本を読むにあたっての心得といいますか次のような準備を求めています。

その一、この本は二回読まなければわからない。

その二、この本の前にカントの主著を読んでいなければならない。

その三、これがよくわからないのですが、サンスクリット文学、古代インドのウバニシャドのヴェーダを理解していてほしい。

さあ大変だ、そこでショーペンハウアー先生は、


「憤慨した読者は、一冊の本にこれほどぎょうぎょうしくとりかからねばならないとしたら、いったいいつになったらけりがつくかと問うであろう。

こうした非難に言葉を返す必要は毛頭ない。

ただわたしは、申し述べた要求を果たさずに通読してもなんの役にも立たず、したがってまるでやめにしたほうがいいような本で時間をつぶすことをしないようにと警告する。」

といって、耐えられない人はこの本を片づけなさい、さらにご丁寧に、

「序文まで読み進んだ読者はこの本を現金で買ったのであるから、どうして弁償してくれるかと問うわけである。

そこでわたしの最後の逃げ場とすれば、

本というものはただちに読まなくてもいろいろ利用できる。

読者の書庫の隙間を埋め、そのなかで見栄えがするであろう。

学のある女友達の化粧台なりちゃぶ台なりの上におくこともできる。」
              (引用 「意志と表象としての世界」斎藤忍隋他訳 白水社版)
 

と、積読、本の物理的活用法まで説いています。

さいわいにもショーペンハウアー先生のご心配は杞憂に終わりました。

「意志と表象としての世界」第一版を金を出して買う人はまったくありませんでしたから。





Category: 哲学

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「意志と表象としての世界」ショーペンハウアーを読む(1) 

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ショーペンハウアーさんがひどく変わったおもしろいオジサンであることはすでに述べましたが、

その代表作「意志と表象としての世界」もまたじつに愉快な哲学書ではあります。

まずは、その序文、読者にこの本を読むにあたっての心得といいますか次のような準備を求めています。

その一、この本は二回読まなければわからない。

その二、この本の前にカントの主著を読んでいなければならない。

その三、これがよくわからないのですが、サンスクリット文学、古代インドのウバニシャドのヴェーダを理解していてほしい。

さあ大変だ、そこでショーペンハウアー先生は、


「憤慨した読者は、一冊の本にこれほどぎょうぎょうしくとりかからねばならないとしたら、いったいいつになったらけりがつくかと問うであろう。

こうした非難に言葉を返す必要は毛頭ない。

ただわたしは、申し述べた要求を果たさずに通読してもなんの役にも立たず、したがってまるでやめにしたほうがいいような本で時間をつぶすことをしないようにと警告する。」

といって、耐えられない人はこの本を片づけなさい、さらにご丁寧に、

「序文まで読み進んだ読者はこの本を現金で買ったのであるから、どうして弁償してくれるかと問うわけである。

そこでわたしの最後の逃げ場とすれば、

本というものはただちに読まなくてもいろいろ利用できる。

読者の書庫の隙間を埋め、そのなかで見栄えがするであろう。

学のある女友達の化粧台なりちゃぶ台なりの上におくこともできる。」
              (引用 「意志と表象としての世界」斎藤忍隋他訳 白水社版)
 

と、積読、本の物理的活用法まで説いています。

さいわいにもショーペンハウアー先生のご心配は杞憂に終わりました。

「意志と表象としての世界」第一版を金を出して買う人はまったくありませんでしたから。





Category: 哲学

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「意志と表象としての世界」ショーペンハウアーを読む(1) 

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ショーペンハウアーさんがひどく変わったおもしろいオジサンであることはすでに述べましたが、

その代表作「意志と表象としての世界」もまたじつに愉快な哲学書ではあります。

まずは、その序文、読者にこの本を読むにあたっての心得といいますか次のような準備を求めています。

その一、この本は二回読まなければわからない。

その二、この本の前にカントの主著を読んでいなければならない。

その三、これがよくわからないのですが、サンスクリット文学、古代インドのウバニシャドのヴェーダを理解していてほしい。

さあ大変だ、そこでショーペンハウアー先生は、


「憤慨した読者は、一冊の本にこれほどぎょうぎょうしくとりかからねばならないとしたら、いったいいつになったらけりがつくかと問うであろう。

こうした非難に言葉を返す必要は毛頭ない。

ただわたしは、申し述べた要求を果たさずに通読してもなんの役にも立たず、したがってまるでやめにしたほうがいいような本で時間をつぶすことをしないようにと警告する。」

といって、耐えられない人はこの本を片づけなさい、さらにご丁寧に、

「序文まで読み進んだ読者はこの本を現金で買ったのであるから、どうして弁償してくれるかと問うわけである。

そこでわたしの最後の逃げ場とすれば、

本というものはただちに読まなくてもいろいろ利用できる。

読者の書庫の隙間を埋め、そのなかで見栄えがするであろう。

学のある女友達の化粧台なりちゃぶ台なりの上におくこともできる。」
              (引用 「意志と表象としての世界」斎藤忍隋他訳 白水社版)
 

と、積読、本の物理的活用法まで説いています。

さいわいにもショーペンハウアー先生のご心配は杞憂に終わりました。

「意志と表象としての世界」第一版を金を出して買う人はまったくありませんでしたから。





Category: 哲学

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映画感想「ミッドナイトインパリ」 

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どうもご当地映画『それでも恋するバルセロナ』が当たって味をしめたウディ・アレン。

バルセロナからロンドンへそして本作「パリ」へ、次回作はローマだという。

思い出せば人気を決定付けた『アニー・ホール』や『マンハッタン』もシャレたニューヨークの街角を舞台にしたご当地映画。

manhattan_large.jpg


「じつに偉大な街だ。

 魂を奪われてしまう。」『マンハッタン』より


いわば山田洋二監督のワールドワイド版。

ご当地にふさわしい脚本はお手のもの。

ただ世界中の美人女優を使い放題という贅沢さ。

この稿途中


       

Category: 映画

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映画感想「ミッドナイトインパリ」 

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どうもご当地映画『それでも恋するバルセロナ』が当たって味をしめたウディ・アレン。

バルセロナからロンドンへそして本作「パリ」へ、次回作はローマだという。

思い出せば人気を決定付けた『アニー・ホール』や『マンハッタン』もシャレたニューヨークの街角を舞台にしたご当地映画。

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「じつに偉大な街だ。

 魂を奪われてしまう。」『マンハッタン』より


いわば山田洋二監督のワールドワイド版。

ご当地にふさわしい脚本はお手のもの。

ただ世界中の美人女優を使い放題という贅沢さ。

この稿途中


       

Category: 映画

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映画感想「ミッドナイトインパリ」 

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どうもご当地映画『それでも恋するバルセロナ』が当たって味をしめたウディ・アレン。

バルセロナからロンドンへそして本作「パリ」へ、次回作はローマだという。

思い出せば人気を決定付けた『アニー・ホール』や『マンハッタン』もシャレたニューヨークの街角を舞台にしたご当地映画。

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「じつに偉大な街だ。

 魂を奪われてしまう。」『マンハッタン』より


いわば山田洋二監督のワールドワイド版。

ご当地にふさわしい脚本はお手のもの。

ただ世界中の美人女優を使い放題という贅沢さ。

この稿途中


       

Category: 映画

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「海と三つの短編」立原正秋アーカイブス(2) 

tatihara masaaki


立原正秋さんは両刀遣い、つまり純文学と大衆小説を意識的かつ挑戦的に使い分けた作家である。

氏が流行作家として世に受け入れられた大衆小説の話題には事欠かないが、

もういっぽうの純文学世界はどうであったろうか。

わたしはもっとも美しい純文学作品として「海と三つの短編」を推す。

三つの短編とは「聖堂の思い出」「黒い馬車」「七号室」で、なかでも海にまつわる話「七号室」は立原正秋さんの最高傑作ではないかと思っている。

「聖堂の思い出」は教会と神父そして母のにがい思い出の話、もうひとつの名作「美しい村」に通じている。

「黒い馬車」はモーツアルトの死を想起させるような死の使い黒馬車の話。

「七号室」は海辺のホテルに滞在したある夫婦の数日の風景をさりげなく描いている。

立原正秋さんの名作は短編小説に多い。

短編はさらりと書いた水彩画のように美しく仕上がっている。

それが紙数が増えてくると、氏のうちに抱えるマグマのような憤怒が突然噴出し暗い影を落とす。

ここであげた純文学の傑作は残念ながら両刀遣いをはじめる前の作品である。

さて彼の両刀遣いは成功したのかどうか、道半ばの死であったためであろうか、後期の純文学傑作は評論「日本の庭」にとどまる。






Category: 文学

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「残りの雪」立原正秋アーカイブス(1) 


残りの雪 (新潮文庫)残りの雪 (新潮文庫)
(1980/07/29)
立原 正秋

商品詳細を見る


立原正秋さんの代表作といえば「春の鐘」か「残りの雪」ということになりましょうか。

いずれも発表当時話題を呼んだ日経新聞の連載小説ですが、今日の渡辺淳一さんの恋愛小説のさきがけ、今風に言えば不倫小説です。

多くの男性たちが経済記事を読むをふりしてそっと目を走らせては固唾を呑んでいました。

文学作品としての出来は「残りの雪」に軍配が上がります。

「春の鐘」は作者の気負いが感じられて少し重い作品に仕上がっています。


膨大な立原作品の評価、良し悪しは「ちからが抜けているかどうか」です。

それはゴルフのスイングあるいはバッティングに似ているかもしれません。

ちからが抜け真っ芯に当たったボールははるか彼方に飛んでいきます。

例えば初期作品、芥川賞候補となった「薪能」、ラストで主人公たちのあの心中事件の記述がなければ受賞していたでしょう。芥川賞作家か直木賞作家の分かれ道も「ちからが抜けているかどうか」でした。

ただもしあの時芥川賞を受賞していたらその後の流行作家立原正秋は生まれていなかったでしょうから皮肉です。


さて「残りの雪」は日本経済新聞に昭和48年4月から約1年間連載された新聞小説です。

主人公里子の夫が会社の女性と駆け落ちしたためやむを得ず鎌倉の実家に帰り骨董店に勤めはじめますが、

その骨董店を訪ねる『目利きの男』といわれる坂西と深い仲になっていく物語です。

終盤、

「二人は連れ立って劇場にはいった。

六時開演であったから、観客はもうあらかた席についていた。二人の席は前の方だった。

演じる曲目は一中節の〈松がさね〉筝曲の〈七小町〉、長唄の〈鷲娘〉だった。

『武原はんさんをずうっとごらんになっていらっしゃるのですか』

里子はとなりの坂西に小声できいた。

『いや、そんなには観てないが、なんとなく好きでね』 」


武原はんには「雪」という名舞踊がある。

表題の「残りの雪」とはここからきているのではないか、

この小説そのものが武原はんさんへのオマージュであったのか、と胸にしみた。


立原正秋さんは昭和後期の人気作家でした。流行作家ゆえ世間から誤解の多い作家でしたが、

月日を経て忘れかけている純文学者立原正秋さんの文学史上の立ち位置を検証してみたいと思います。




Category: 文学

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「嵐が丘」エミリー・ブロンテ 奇跡の作家 


嵐が丘 [DVD] FRT-007嵐が丘 [DVD] FRT-007
(2006/12/14)
ローレンス・オリビエ、デヴィッド・ニーヴン 他

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 ふつうイギリス文学史を俯瞰すれば三巨人としてチョウサー、シェークスピア、ディケンズをあげる人が多い。

しかし一般読者としてはイギリス文学といえばエミリー・ブロンテの「嵐が丘」のほうがなじみやすいのではなかろうか。

戦後いち早く公開されたウイリアム・ワイラー監督の名画による影響もあるのだろうが、ヨークシャーの荒涼たる風景の中で展開される愛憎劇に読者も観客も息を呑む。

小説の評価はともかく、わずか一冊の小説を書き残して亡くなったエミリー・ブロンテは我が国の樋口一葉の境涯とダブル。エミリーは30歳でなくなるが、筆は27歳ごろといわれる。

社会経験の乏しい若い女性に、資料も使わず民法的(当時)にもこれほど完璧な小説世界が可能なのだろうか。

小説作法も時間と空間を入れ替えるいわゆる入れ子構造という複雑な構成の手法をどう編み出したのであろうか。

物語はゴシックロマン小説的とも言われるが、ケルト民族の説話を思わせるような幻想的で不気味な展開は

大衆小説の域をはるかに超えて、19世紀イギリスの巫女の呪術的宣辞とも思われる。

例えば、ロックウッドの夢に「ブランデル師の説教」を見るが、

七十一番目の最初の罪を犯した者の弾劾は何を意味するのか、罪人はヒースクリフなのかキャサリンなのか、

あるいは著者自身エミリー・ブロンテの死の予言とも思われる。

洋の東西を問わず、ときとして批評さえも拒む奇跡の作家があらわれるものである。

(あらすじ)
イングランド北部のヨークシャー。激しい嵐が吹き荒れるある日、荒野にそびえ立つ「嵐が丘」と呼ばれる邸に、その主人のアーンショーが、旅先から一人の孤児を連れ帰る。ヒースクリフと名づけ家族の一員に加えた。
アンショウには息子のヒンドリーと娘のキャシーがいたが、ヒンドリーはヒースクリフを憎悪し、ことあるごとに虐待した。男優りのキャシーはヒースクリフとよく遊んだ。ヒースクリフにはキャッシーの存在が心の支えだった。
間もなくしてアーンショーが病死、当主ちなったヒンドリーの放蕩三昧に家運が傾きを見せる。キャシーはヒースクリフに激しく惹かれながらも、華やかな上流生活に憧れていた。
舞踏会を見に行った時に、キャシーはリントン家の嗣子エドガーはに求婚されるが、キャシーはヒースクリフと一身同体であり、彼と別れられないことを悟る。しかし、ヒースクリフは誤解して、嵐ケ丘から姿を消してしまう…。
キャシーはエドガーと結婚した。2年後、ヒースクリフは南米で成功し、見違える姿で嵐ケ丘に戻った。彼は酒で財産を蕩尽したヒンドリーから嵐ケ丘を買いとり、リントン一家への復讐の実行の機会を待っていた。
彼はエドガーの妹イザベルに言い寄り求婚した。キャシーにはヒースクリフの企てが判っていた。やがてキャシーは病床に就き、ヒースクリフこそ本当に愛する人だったと告白して逝った。ヒースクリフはキャシーの遺骸に、自分の生ある限り亡霊となって訪ねてくれと絶叫した。そして吹雪の夜、彼はキャシーの亡霊の呼び声に憑かれた者のようにペニストーンの岩の下まで行く









 

Category: 文学

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井上八千代 日本舞踊のゆくえ(その2) 

京都へ遊びに行けば、祇園のお茶屋へあがって京懐石を楽しむことはあっても、舞妓さんをよんで遊ぶマネは出来ない。そこで都おどりの時期に観劇に行くことになる。

その都おどり、舞妓さんの京舞を取り仕切っているのが「井上流」である。

                  都おどり

「井上流」は初世井上八千代(井上サト)が御殿舞の流派を起こし、二世井上アヤが祇園に稽古場を移し井上流の基礎を築いた。

三世片山春子は二世の内弟子で家元を継ぎ、祇園の舞の師匠となり「都おどり」を創始、祇園の井上流へと発展させた。

祇園の舞は基本的に狭い座敷での芸、優雅で静かな舞、能をやわらかく優美にくずして女舞に仕立てたのである。(この項 「近代日本舞踊史 西形節子著 演劇出版社」から引用)


いま四世井上八千代(片山愛子)の舞台VTRを観ながらこの稿を書いている。

背の低い八十をこえた老人の舞にもかかわらず、

その姿は例えば野球投手の完璧なフォームの美しさを見る興奮に似ている。

当て振りの流れるような動線の美しさはやはり能の仕舞いから来ているのではなかろうか。

厳しい稽古で培われた強靭な体躯から放たれる指先、足先の美しさは見る者がたじろぐ。

四世井上八千代は人間国宝であった。

井上流家元は現在、井上三千子が継いでいる。



     



                

Category: 演劇

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イタリアオペラを愉しむ(その1)椿姫 

ありがたいことに、最近はMET(メトロポリタンオペラライブビューイング)でオペラを臨場感そのままに愉しむことができるようになりました。

高価なLDやDVDを買わなくても、ハイビジョン画質、5.1チャンネル音質で茶の間で楽しめます。

ゴルフのテレビ中継に似たいかにもアメリカらしい発想です。

先日「椿姫」「アィーダ」を観ました。

オペラはイタリアオペラ、とくにヴェルディがいいですね。

ただメトロポリタンオペラはやはりアメリカナイズされたクールな演出で、いまひとつ納得がいかないのです。

まるでサーカスのような「指輪」の演出では歌手たちも大変でしたでしょうし、観客も座り心地がよくないような印象でした。

オペラは演目、歌手、演出、オーケストラさまざまな要素で、楽しめたりがっかりしたりします。



「椿姫」はわたしのお気に入りの演目ですが、残念ながらあともう一歩くらいの出来でした。

それでもMETライブはわくわくします。

【指揮】:ファビオ・ルイージ /【演出】:ヴィリー・デッカー
【出演】ヴィオレッタ・ヴァレリー:ナタリー・デセイ/ アルフレード・ジェルモン:マシュー・ポレンザーニ/ ジョルジョ・ジェルモン:ディミトリ・ホヴォロストフスキー

椿姫


椿姫に必要なのはヴィオレッタのむせかえるような大人の女の色気です。そして純真な青年アルフレード。

聴きどころは第一幕の「乾杯の歌」と第二幕のアルフレードの父親とヴィオレッタが歌う「神様は私に天使のような娘を」でしょう。

最高傑作はフェニーチェ歌劇場2004年こけらおとしの舞台。

冒頭からヴィオレッタが黒の下着姿でベッドに横たわっている、いいんですか?これ、という出だしでした。

20年前ならご婦人方は席を立たれ、紳士方は生唾を飲まれたことでしょう。


ヴェルディ:歌劇《椿姫》フェニーチェ歌劇場2004年 [DVD]ヴェルディ:歌劇《椿姫》フェニーチェ歌劇場2004年 [DVD]
(2011/01/19)
ロリン・マゼール、パトリツィア・チョーフィ 他

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Category: 音楽

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