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Minerva2050 午後の愉しみ 記憶の記録   

 

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『漢詩』宇野直人先生のお仕事 

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NHKラジオ放送にカルチャーラジオ「漢詩を読む」という番組があります。

この番組のファンで長い間聴いていますが、

とくに2008年4月から2011年3月までの宇野直人先生の「漢詩の来た道」は圧巻でした。

紀元前1050年西周王朝の「詩経」の第一首から、1932年の魯迅「自嘲」まで、約三千年の漢詩を読み続けられた。当然詩の間には中国史が語られる。

先生のやさしいお人柄が目に見えるような懇切丁寧な解説の後、江原正士さんの重厚な朗読という組み合わせでの30分放送、ほとんど一回ものがさず聞き惚れました。

さてひるがえって今日の経済発展いちじるしい漢詩のふるさと中国での漢詩の悦楽はどうなっているのでしょうか。

伝え聞くのはもっぱら古書の値の高騰の話ばかり、杜甫も李白も白楽天もどこの国のお人、まして屈原いずこ・・・

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Category: 日記

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幸田露伴 利休の茶(その1) 

「西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫道する物は一(いつ)なり」          「笈の小文」 芭蕉

はて? 利休の茶とは




幸田露伴の随筆に「些細なことだが大事なこと」というのがあります。

茶道を一言でいえば「生活の所作」であり、露伴の「些細なことだが大事なこと」で語りつくしていましょう。(頁のおわりに全文載せていいますのであとで読んでください)

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(我が家の茶室)

「秀吉と利休」

さて、ここで野上弥生子さんの代表作で傑作の「秀吉と利休」です。

天正13年9月3日の世間でいう禁中での黄金の茶会から天正19年2月28日の利休自刃まで、史実に即しての物語です。

利休ものではほかに井上靖さんの「本覚坊遺文」がありますが、読み比べれば野上さんのほうが優れていると思います。

利休の茶というより秀吉の狂気のような権力者像が圧倒的迫力で描かれています。とくに能「明智討」に興じる秀吉と取り巻きたちを映し出す場面、その文章力の巧みさはまさに小説家「漱石山房の鬼女」です。歴史家より小説家の虚構が真実を語る良い例でしょう。余談になりました。

一方では茶人利休の日々の立ち振る舞いがじつに丁寧に描かれています。秀吉への茶席の配慮と緊張まで目に浮かびます。

ただ「茶の道」を問われれば「山上宗二記」まで踏み込んだ「本覚坊遺文」でしょう。




「利休 遺偈」

もう二十年以上の昔、京都国立博物館で「利休の四百回忌展覧会」があり、観覧に出かけました。

大変な人出でゆっくり名物、名品を拝見できなかったのですが、ちょうど会場の中程のところに目的の「利休 遺偈」が展示してあり、さすがに十分ほど立ち尽くしました、その驚くべき内容に。

人生七十 力口希咄     じんせいしちじゅう りきいきとつ

吾這寶剱 祖仏共殺     わがこのほうけん そぶつともにころす

提ル我得具足の一太刀    ひっさぐるわがえぐそくのひとつたち

今此時そ天に抛       いまこのときぞてんになげうつ



この頃、利休の四百回忌の記念行事はいろいろありました。

井上靖さんの「本覚坊遺文」も千家からの依頼であったのかも知れません。

映画も「利休」「本覚坊遺文」とそれぞれ上映されました。

両作品とも傑作ですが、個人的には「利休」のほうがよかったと思います。三國連太郎さんの大柄な体軀が利休に似ているように思いましたので。


松風の家

茶道の危機、大きなものは幕末維新の時期と昭和の敗戦後であったことは想像できます。

裏千家の明治、大正、昭和、戦後までを扱った小説が宮尾登美子さんの「松風の家」です。


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三國連太郎、三田佳子 他

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Category: 日記

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心敬 利休の茶(その2) 

銀閣寺_convert_20121209150515銀閣寺東求堂「同仁斎の間


「だいたい今日の日本を知るために日本の歴史を研究するには、古代の歴史を研究する必要はほとんどありませぬ。

応仁の乱以後の歴史を知っておったらそれでたくさんです。

それ以前のことは外国の歴史とおなじくらいにしか感ぜられませぬが、応仁の乱以後はわれわれの真の身体骨肉に直接触れた歴史であって、
これを本当に知っていれば、それで日本の歴史は十分だと言っていいのであります。」


「応仁の乱について」内藤湖南から

江戸期には荻生徂徠や中江藤樹、本居宣長など本当の学者を多く輩出したが、今日では学問に精励する学者というのはそう多くはいない。
学者の世界も、いつのまにか政治家同様の劣化が進みつつある、と観る。

そこで内藤湖南や湖南に私淑した白川静の著作を読んで書斎に清涼な風を吹かしめる。

さて有名な「応仁の乱について」の講演は、門外漢であるとことわっての発言であるが、
こと「真の身体骨肉に直接触れた歴史」つまり文化史については文芸をのぞけば湖南の説はまったくその通りといっていい。

日本家屋、庭、生け花、水墨画、俳句の前身連歌、能、そして茶の湯の発祥は応仁の乱のさなかにおいてである。京中の神社仏閣、家屋が灰燼に帰したとき、旧来の文化風俗も消滅、まったく新しい文化が誕生した。その文化がまさに今日まで「身体骨肉に直接触れて」残っているのである。湖南の卓見といっていい。

千利休の侘び茶の発祥を「山上宗二記」では「将軍足利義政に能阿弥が村田珠光を紹介し茶を献じたのがはじまり」とある。
つまり銀閣寺東求堂「同仁斎の間」がわが国はじめての茶室であったことは間違いない。

今日、俳句の前身である連歌に触れる機会はないが、応仁の乱のころ、連歌師は同仁斎の間「茶の湯」の席の常連であった。
宗祇の師「心敬」は

「兼好法師が言ふ、月花をば目にてのみみるものかは。
 
 雨の夜思ひ明かし、散り萎れ木陰に来て、過ぎにし方を思ふこそ、と書きはべる、

 まことに艶深く覚えはべり」


と「徒然草」への共感をあらわし、

「連歌は枯れ衰えて、冷えびえしているがよし」という、

実に、利休の侘び茶はここに始まったのだと思う。




Category: 日記

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異文化コミュニケーションツール「ノンバーバル辞典」金山宣夫 


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金山 宣夫

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ついつい、他国のひととの情報のやり取りは言葉であったり文字であっったりでないと出来ないと思いがちだけど、

何でもない「しぐさ」で通じたり通じなかったりするものです。

金山宣夫さんの「ノンバーバル辞典」、なるほどこれはすごい発想で、とても役立ちます。

第二部の「ノンバーバルを読む」では潜在意識と視覚原語をお国柄での違いを語っていておもしろい。

海外旅行機会の多い人、洋画好きの人はなるほどと膝を打つこと請け合いです。

Category: 日記

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いまどきの「西行」 森有正 

images パリ2_convert_20121125151255



梅雨時、なにげなく読むものとして森有正「バビロンの流れのほとりで」がある。

昭和32年の刊行のこの文のたち方が今日であっても不思議はないほどいつも新鮮なのに驚くが、描かれているのはたしかに今日のパリなのである、曇り空の。

森有正さんは昭和51年65歳で亡くなっているから「いまどきの」とは不遜だが、百年二百年単位でながめればいまどきといえよう。

一年積もりで渡仏し永住してしまった孤高の哲学者はいまどきの「西行」と呼ぶにふさわしい。

妻子を振り捨てるほどではないにしても、語られない家族との確執は森さんの人生を複雑なものにしたにちがいない。



Category: 日記

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「スターバックス成功物語」 


二日に一度は必ず近くのスターバックスで過ごす。

時間は正確に1時間。

わたしの大切な読書タイムである。

今朝、バリスタの勧めてくれたイスラ(フローレス インドネシア)は

甘く爽やかな森林の空気を喚起させてくれた。



スターバックス成功物語スターバックス成功物語
(1998/04)
ハワード シュルツ、ドリー・ジョーンズ ヤング 他

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「スターバックス成功物語」

「父が職場で足首をくじいたのは、千九百六十一年の寒い日のことだった。

当時、私はまだ七歳で、雪の降り積もった学校の運動場で友達と雪合戦をしていた。

母がアパートの七階の窓から身を乗り出して必死に手を振っているのが見えたので、私は家に駆け戻った。

『パパがけがしたのよ』と母が言った。『すぐ病院に行かないと』


収入の道を絶たれたシュルツ家は貧乏のどん底に落ちた。

「スターバックス物語」の書き出しはこうはじまる。

よくあるアメリカンドリームのようにみえるが少し違う。

スターバックスというカフェ文化、心地よい居場所のありようを謙虚に提案している。


スターバックスの名前の由来はすでに「メルビル」の項で話した。

あの女神マークの誕生は、北欧神話のセイレンを図案化したものらしい。

創業時のジェリー・ボールドウィンやゴードン・バウカーの話はいかにも港町シアトルらしくておもしろい。

著者はともかく創業者のふたりの変わり者がいなければ歴史は始まっていない。

ダウンロードスタバ



この項途中




Category: 日記

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自然農法「甘夏のジャム」 

それは現代の魔法である。

自然には人間が考えるより複雑で精緻で科学力の及ばない不思議のちからがあるのだろう。

なにげない甘夏のジャムひとつにわたしの舌は確実に反応し、さわやかな快感をあたえてくれる。

届いた甘夏とレシピそのままの作品がこれである。


携帯カメラで


季節ごとに農薬、化学肥料をいっさい使わない自然農法の野菜や果物を届けてくれる親戚がいる。

自然農法と一口に言ってもその徹底と継続は想像を絶する日常的努力が必要なのだ、と知る。

とくに果樹となれば木につく虫をピンセットで一匹、二匹と捕っていく、永遠に続くかと思われる作業を根気よく続ける。

「防虫剤を撒けば一発で済むだろう」と見ている街場のわたしに答えることもなく黙々と続ける。

野菜の種子はすべて自家採取である。

もう十年以上続ける交配と優生選択から生まれた種子をわが子のごとく愛でる。

思えば、

某一流企業の部長まで勤め上げた男が、定年を機に田舎に移住し農業をはじめ、

アマチュアゆえの、あるいはインテリゆえの特権であろうか、自然農法に取り組み始めた。

一年365日夜明けとともに畑に出て汗をかく晴耕雨読の日々がよく続くものだと感心する。

いまでは、農家から管理を依頼される農地が増えるばかりだ、と笑うこの男の第二の人生は、

伊那谷の「老子」より老子らしい。

日に焼けたおとこの笑顔を思えば、わたしより10年は長生きするは確かだろうと羨み、

甘夏のジャムをトーストにのせた。




Category: 日記

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野菜の種子はすべて自家採取である。

もう十年以上続ける交配と優生選択から生まれた種子をわが子のごとく愛でる。

思えば、

某一流企業の部長まで勤め上げた男が、定年を機に田舎に移住し農業をはじめ、

アマチュアゆえの、あるいはインテリゆえの特権であろうか、自然農法に取り組み始めた。

一年365日夜明けとともに畑に出て汗をかく晴耕雨読の日々がよく続くものだと感心する。

いまでは、農家から管理を依頼される農地が増えるばかりだ、と笑うこの男の第二の人生は、

伊那谷の「老子」より老子らしい。

日に焼けたおとこの笑顔を思えば、わたしより10年は長生きするは確かだろうと羨み、

甘夏のジャムをトーストにのせた。




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自然農法「甘夏のジャム」 

それは現代の魔法である。

自然には人間が考えるより複雑で精緻で科学力の及ばない不思議のちからがあるのだろう。

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とくに果樹となれば木につく虫をピンセットで一匹、二匹と捕っていく、永遠に続くかと思われる作業を根気よく続ける。

「防虫剤を撒けば一発で済むだろう」と見ている街場のわたしに答えることもなく黙々と続ける。

野菜の種子はすべて自家採取である。

もう十年以上続ける交配と優生選択から生まれた種子をわが子のごとく愛でる。

思えば、

某一流企業の部長まで勤め上げた男が、定年を機に田舎に移住し農業をはじめ、

アマチュアゆえの、あるいはインテリゆえの特権であろうか、自然農法に取り組み始めた。

一年365日夜明けとともに畑に出て汗をかく晴耕雨読の日々がよく続くものだと感心する。

いまでは、農家から管理を依頼される農地が増えるばかりだ、と笑うこの男の第二の人生は、

伊那谷の「老子」より老子らしい。

日に焼けたおとこの笑顔を思えば、わたしより10年は長生きするは確かだろうと羨み、

甘夏のジャムをトーストにのせた。




Category: 日記

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秋の名残り 

毎年秋になると、友人M氏に菊をプレゼントしていただく。

ありがたいことです。

今年は、前垂れ懸崖のものと三本仕立てでした。

 植ゑしとき花まちどにほありし菊
      移ろふ秋にあはむとや見し (大江千里 古今集秋歌下)




2012年11月 菊+005_convert_20121120120421 
                      2012年11月 菊+007_convert_20121120115916
今年の秋もおわりです。

秋の名残りの思い出にブログに残しましょう。      

Category: 日記

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