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Minerva2050 午後の愉しみ 記憶の記録   

 

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建築家リカルド・ボフィルについて(建築家シリーズ1) 

1990年、わたしはフランスパリ、スペインバルセロナ、フランスモンペリエを旅行しました。

ただただ建築家リカルド・ボフィル(Ricardo Bofill)の設計の建造物を訪ね歩くという贅沢な旅でありました。

リカルド・ボフィル、現在ではあまり知られない建築家ですが、日本では銀座資生堂の赤いビルが有名です。

ボフィル1

その原点は出世作となったバルセロナの集合住宅「ウォールデン7」、

ボフィルがサハラ砂漠を放浪していたときベトウィン族の衣装と砂丘の調和の美しさから発見した「赤」と言われています。

バルセロナ近郊の工場跡地にエントツや倉庫をそのままに赤い集合住宅を造り上げました。

東京銀座にボフィルの「赤」は資生堂会長福原さんのたっての頼みであったのかもしれません。

ボフィル5

もちろんボフィルの代表作は映画「未来世紀ブラジル」のロケ地として有名なパリの集合住宅。

3ボフィル

旅の終わりの圧巻は、街全体をギリシャローマ様式で造り替えた南フランスモンペリエの都市再開発の徹底ぶりでした。

ボフィル4

ボフィルの重厚な設計スタイルは、軽く柔らかなデザインが主流の現代では少し時代遅れの感がありますが、一時代の寵児であったボフィルを懐かしむのもよいでしょう。





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泉美術館「広島-対馬」展 

izumi.jpg


そっと日本地図を180度回転させてみると、対馬は中国、韓国からみれば日本の玄関口となる。

当たり前の話だが、それははるか遠い昔からそうだ。

例えば、紀元前219年、徐福が秦の始皇帝から依頼されて不老不死の薬を求めて舟を漕ぎ出したときもそうだったろうし、

あるいは遣隋使、遣唐使の時代もそうだ。対馬はいまよりもっとにぎやかな島であったろう。

いっぽう、元寇の時代、対馬は第二次大戦終戦時の沖縄よりも悲惨な経験をしている。

神風が元寇日本襲来を防いだというが、そのとき対馬が元軍に蹂躙されていたことは多く語られていない。

対馬がおだやかな島になったのは江戸期、朝鮮通信使の交流が始まってからではないだろうか。

伊東敏光さんの廃材と漂流物を積み上げた「飛行景」には、

以外にも、幾重にも重なる日本史の漂流物とその堆積を表現しており、おもわず息をのんだ。

対馬 伊東敏光




常設会場には、香月泰男がシベリア抑留で見たであろう「菫」という傑作が展示してあり、

「広島-対馬」展に「希望」という花を添えていた。


* * *

梅原龍三郎86歳の薔薇図に見惚れた。

往年の力強い真紅の薔薇ではない、やわらかなピンク色である。

マネ晩年の「睡蓮」あるいは老いたゴヤの「ミルク売りの少女」に似たさわやかさがある。

達観の境地というのだろうか、神仙世界の住人というのだろうか、

きょうはいいものを観させていただいた。




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「良心の美術館」泉美術館(4)写真家明田弘司「広島の記録」から 

izumi.jpg
HPより

例えば当時、写真家といえば木村伊兵衛や土門拳がいた。

例えば当時、記録写真といえば宮本常一の何万枚という瀬戸内の記録写真があった。

しかし、

写真とは不思議なものである。

明田弘司さんの写真のどの一枚にも写っているあの「屈託のない希望」、

それは、木村伊兵衛の「パリ」にも土門拳の「筑豊の子供たち」にも、宮本常一の記録写真にも写っていない。


明田弘司3



この不思議な感覚はなんなんだろうか、と写真の前で立ち尽くした。

写真が「いまのわたし」を見つめている、

「屈託のない希望」が「いまのわたしたち」に問うている。

よほど澄んだ目をした写真家なのだろう。

よほど澄んだ心のひとなのだろう。

むかし、一度だけ「蜂の巣の子供たち」というロードムービーで

同じ「屈託のない希望」を観た気がする。



    *   *   *

わたしは、広島市の小さな美術館のこのささやかな試みを、

日本ぢゅうのひとに見てもらいたいと思う。

3.11のちの復興の日々に、

同じ「屈託のない希望」が見えるかどうか。


Category: 美術

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「良心の美術館」泉美術館(4)写真家明田弘司「広島の記録」から 

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HPより

例えば当時、写真家といえば木村伊兵衛や土門拳がいた。

例えば当時、記録写真といえば宮本常一の何万枚という瀬戸内の記録写真があった。

しかし、

写真とは不思議なものである。

明田弘司さんの写真のどの一枚にも写っているあの「屈託のない希望」、

それは、木村伊兵衛の「パリ」にも土門拳の「筑豊の子供たち」にも、宮本常一の記録写真にも写っていない。


明田弘司3



この不思議な感覚はなんなんだろうか、と写真の前で立ち尽くした。

写真が「いまのわたし」を見つめている、

「屈託のない希望」が「いまのわたしたち」に問うている。

よほど澄んだ目をした写真家なのだろう。

よほど澄んだ心のひとなのだろう。

むかし、一度だけ「蜂の巣の子供たち」というロードムービーで

同じ「屈託のない希望」を観た気がする。



    *   *   *

わたしは、広島市の小さな美術館のこのささやかな試みを、

日本ぢゅうのひとに見てもらいたいと思う。

3.11のちの復興の日々に、

同じ「屈託のない希望」が見えるかどうか。


Category: 美術

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「良心の美術館」泉美術館(4)写真家明田弘司「広島の記録」から 

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HPより

例えば当時、写真家といえば木村伊兵衛や土門拳がいた。

例えば当時、記録写真といえば宮本常一の何万枚という瀬戸内の記録写真があった。

しかし、

写真とは不思議なものである。

明田弘司さんの写真のどの一枚にも写っているあの「屈託のない希望」、

それは、木村伊兵衛の「パリ」にも土門拳の「筑豊の子供たち」にも、宮本常一の記録写真にも写っていない。


明田弘司3



この不思議な感覚はなんなんだろうか、と写真の前で立ち尽くした。

写真が「いまのわたし」を見つめている、

「屈託のない希望」が「いまのわたしたち」に問うている。

よほど澄んだ目をした写真家なのだろう。

よほど澄んだ心のひとなのだろう。

むかし、一度だけ「蜂の巣の子供たち」というロードムービーで

同じ「屈託のない希望」を観た気がする。



    *   *   *

わたしは、広島市の小さな美術館のこのささやかな試みを、

日本ぢゅうのひとに見てもらいたいと思う。

3.11のちの復興の日々に、

同じ「屈託のない希望」が見えるかどうか。


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「良心の美術館」泉美術館 

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HPより

これはオーナーの真心の奇跡といってもいい。

広島市郊外にあるこの美術館で出会える奇蹟とは。

まさかこんなところでお会いするとは、というのは失礼かもしれないが、

日本を代表する彫刻家故佐藤忠良の代表作の多くがここにある。

記憶に間違いがなければ小児科病院のロビーを飾る有名なレリーフ「蕪」もある。

つまりここでは佐藤忠良の静謐な良心を展示しているのである。

さらに、

熊谷守一の晩年の傑作が8点ある。

大原美術館で熊谷の初期作品を観ることができるが100キロ離れたこの地で、

九十年の人生の変転とあくなき絵画への情熱を垣間見ることが出来る。

そして「無一物」の書。


たしか梅原龍三郎の「北京秋天」もあったと思うのだが、

われに返ったのは喫茶室で一息入れたあとである。

美しい枯山水の庭を見ながら、

良寛の「寝覚めの友」の故事を思い出していた。








Category: 美術

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「良心の美術館」泉美術館 

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HPより

これはオーナーの真心の奇跡といってもいい。

広島市郊外にあるこの美術館で出会える奇蹟とは。

まさかこんなところでお会いするとは、というのは失礼かもしれないが、

日本を代表する彫刻家故佐藤忠良の代表作の多くがここにある。

記憶に間違いがなければ小児科病院のロビーを飾る有名なレリーフ「蕪」もある。

つまりここでは佐藤忠良の静謐な良心を展示しているのである。

さらに、

熊谷守一の晩年の傑作が8点ある。

大原美術館で熊谷の初期作品を観ることができるが100キロ離れたこの地で、

九十年の人生の変転とあくなき絵画への情熱を垣間見ることが出来る。

そして「無一物」の書。


たしか梅原龍三郎の「北京秋天」もあったと思うのだが、

われに返ったのは喫茶室で一息入れたあとである。

美しい枯山水の庭を見ながら、

良寛の「寝覚めの友」の故事を思い出していた。








Category: 美術

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「良心の美術館」泉美術館 

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HPより

これはオーナーの真心の奇跡といってもいい。

広島市郊外にあるこの美術館で出会える奇蹟とは。

まさかこんなところでお会いするとは、というのは失礼かもしれないが、

日本を代表する彫刻家故佐藤忠良の代表作の多くがここにある。

記憶に間違いがなければ小児科病院のロビーを飾る有名なレリーフ「蕪」もある。

つまりここでは佐藤忠良の静謐な良心を展示しているのである。

さらに、

熊谷守一の晩年の傑作が8点ある。

大原美術館で熊谷の初期作品を観ることができるが100キロ離れたこの地で、

九十年の人生の変転とあくなき絵画への情熱を垣間見ることが出来る。

そして「無一物」の書。


たしか梅原龍三郎の「北京秋天」もあったと思うのだが、

われに返ったのは喫茶室で一息入れたあとである。

美しい枯山水の庭を見ながら、

良寛の「寝覚めの友」の故事を思い出していた。








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「良心の美術館」泉美術館(2) 

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HPより

正面に梅原龍三郎の傑作が8点ズラリ、それは壮観である。

梅原の主要なモチーフ「北京」「裸婦」「薔薇」から厳選されている。

とくに「裸婦」がいい。

梅原龍三郎、安井曽太郎、坂本繁二郎と「日本人の琴線ふれる」洋画を堪能した。

西洋近代絵画を手中のものとする悪戦苦闘後の結実である。

作品おのずと発する迫力が違う。

オーナーの趣味がよほど良くないとこうはいかない。


日本画では奥村土牛の「子牛」が良かった。

併せて「光風会展」があり、

卜部俊孝さんの「アトリエ」橋本一貫さんの「時」に

ディドロ美学の現代性を観た気分がした。

Category: 美術

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「良心の美術館」泉美術館(2) 

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HPより

正面に梅原龍三郎の傑作が8点ズラリ、それは壮観である。

梅原の主要なモチーフ「北京」「裸婦」「薔薇」から厳選されている。

とくに「裸婦」がいい。

梅原龍三郎、安井曽太郎、坂本繁二郎と「日本人の琴線ふれる」洋画を堪能した。

西洋近代絵画を手中のものとする悪戦苦闘後の結実である。

作品おのずと発する迫力が違う。

オーナーの趣味がよほど良くないとこうはいかない。


日本画では奥村土牛の「子牛」が良かった。

併せて「光風会展」があり、

卜部俊孝さんの「アトリエ」橋本一貫さんの「時」に

ディドロ美学の現代性を観た気分がした。

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