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Minerva2050 午後の愉しみ 記憶の記録   

 

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ベツレヘムの密告者 パレスチナのいまがわかる 

密告者


国連学校の歴史教師オマー・ユセフは、ジョージ・サバがイスラエルへの内通者と名指しされ、テロリスト射殺幇助の容疑で逮捕されたと知らされて耳を疑った。教え子のなかでもとびぬけて優秀で誠実なサバが内通者とは?動かない警察に業を煮やしたオマー・ユセフは、周囲の制止を振り切り、銃煙漂う街を徒手空拳で事件の真相を追い始めたが…。パレスチナの庶民の視点で描いた異色の本格ミステリ。CWA新人賞受賞作

まず、いくらかのパレスチナ情報を得て読みはじめないと戸惑ってしまうかもしれません。

例えばイスラエルの中であってもベツレヘムはパレスチナ自治区のひとつであるため

裁判所、警察署、役所はパレスチナ人が管理していること、

パレスチナ人にはイスラエル建国前の固有の土地や集落があること、

パレスチナでは昔からイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が混住していること、

パレスチナ人は家系を大切にすること、などでしょうか。

そうした混沌とした世界での殺人事件を教師の主人公が推理するという展開ですから話はややこしい。

しかしどっぷりパレスチナ人になりきって読み進めていくと深い感動が待っているという名著であります。
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Category: 文学

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楊令伝(9) 楊令伝というより童貫伝 

9楊令伝




童貫は宦官ではありながら禁軍の将軍に登りつめるという特異な経歴の持ち主。


作者は童貫への思い入れが強いのでしょう、前半の方臘の乱平定から、楊令との戦まで童貫を美しく描き切っています。

思い起こせば大水滸伝は「水滸伝」19巻、「楊令伝」15巻、岳飛伝」17巻、全51巻の大河小説、楊令伝〈9〉遥光の章はほぼ真ん中、前半のクライマックスです。意図的なのか、偶然なのか、いずれにしても恐るべき筆力に脱帽です。


史実とはまたひと味違った北方水滸伝、手に汗握る緊迫の第9巻でした。

Category: 未分類

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スクラップアンドビルド 


NHKドラマ放映になります

「今日は家におると?」


この絶妙な長崎弁のセリフで物語は動き出します。


老人




「早う死にたか」
毎日のようにぼやく祖父の願いをかなえてあげようと、
ともに暮らす孫の健斗は、ある計画を思いつく。

日々の筋トレ、転職活動。
肉体も生活も再構築中の青年の心の内は、衰えゆく生
の隣で次第に変化して……。



うまいですね、

まるで古今亭志ん生の落語「品川心中」「黄金餅」を聴かされたような、
ちょっと残酷でなおかつ可笑しい人間の業をさりげなく語っています。

多くを語らない、

だから読者に老醜も見せないし悪臭も嗅がさない。
祖父も母も、健斗さえその人物像は語っていない。
しかし読者は知らないようでよく知っています。

スクラップアンドビルド、

周到に仕掛けられた言葉の罠か、
煙に巻く小説家のユーモアか、
スクラップアンドビルドなるほどと落語落ちで幕を閉じました。

しかし、

高齢者支援という立場からするとちょっと問題のある作品となります。

作者にとって「スクラップアンドビルド」での芥川賞受賞は将来に禍根を残すでしょう。

祖父は虚弱高齢者、いわゆるフレイル状態でしょう。

母親の冷淡な対応は祖父を要介護へ追いやるでしょうし、

健斗の対応は大腿骨頚部骨折ですぐ寝たきりになる可能性があります。

介護福祉の現場に対して作者の皮肉は実に後味の悪いものです。

老人問題を扱った小説では「楢山節考」や 「恍惚の人」の名作がありますが、

それぞれ死に向かう人間の尊厳を厳粛に問う配慮が行き届いています。

下ネタ狙いの漫才よろしく高齢者支援を笑い飛ばしては昨今の若者気質そのままで大人は救われません。












Category: 文学

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ピリオダイゼーションという戦略(チェルシー監督モウリーニョ)2015年プレミアリーグ優勝  

2016-17シーズンよりプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドFCの監督を務める。

2015年プレミアリーグ優勝はチェルシー、さっそく2016年も連覇すると宣言。

監督はジョゼ・モウリーニョ。

thモウリーニョ


「私は特別な存在(Special One)だ」というセリフは有名だが、たしかにプレミアリーグ、セリエA、リーガ・エスパニョーラとヨーロッパ三大大会で優勝に導いている監督は彼だけである。

Special One、みずからそう豪語してもだれも文句はいえない、有言実行言葉で自分を鼓舞している。

では彼の哲学、戦術的ピリオダイゼーション理論(PTP理論)とはどんなものか、あまり多くが語られていないが、

ビジネスにも応用のきく最新の勝つためのセオリーについて語ってみよう。


1.モルフォサイクル これはよく知られているトレーニングサイクル。

試合の翌日は必ずオフにする、などである。

ギリョルメ・オリベイラ(訳注:ポルト大学のヴィトール・フラーデ教授とともに戦術的ピリオダイゼーション理論の研究・提唱を行った。現在もFCポルト・アカデミーに職を置いている。)によると、直前の試合を監督が分析し、そこから1週間の課題や目標を設定し到達する上でウィークリーサイクル(モルフォサイクル)と呼ばれる各曜日の役割や違いの認識・形式化こそが彼の練習プラン作りのための基礎となる、という。

「このウィークリーサイクルでは前の試合の反省と次の試合の情報を包括し、その次戦準備を目的としている。」

2.PTP理論の核は複雑性"complicated"

複雑系の振る舞いはしばしば、創発と自己組織化で説明される。カオス理論は初期条件を変化させることで複雑な振る舞いを生じるシステムの敏感さをゲームに応用している。

トレーニングもすべて実戦形式。
モウリーニョの有名な言葉「ピアニストがピアノの練習にピアノのまわりを走るか」

3.創発(emergence)、部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。局所的な複数の相互作用が複雑に組織化することで、個別の要素の振る舞いからは予測できないようなシステムが構成される。

ゲームでは選手みずから演技し表現する。
トレーニングにおいても集団のなかでイメージを描く。

ピリオダイゼーション理論の発案はポルトガルのビトール・フラデ氏、全く実戦経験のないモウリーニョが応用、ポルトガルリーグFCポルトで優勝し、理論の有効性を示してイギリスへ渡った。

背景にはスペインを追われたユダヤ系知識人の集団がポルトガルに逃れリスボン大学を中心に活躍するアントニオ・ダマシオらのグループがあり、ビトール・フラデも一員であろう。

アントニオ・ダマシオの言葉
The Feeling of What Happens: Body and Emotion in the Making of Consciousnes
モウリーニョが語ったとしてもおかしくないセリフである。

Category: スポーツ

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映画「レヴェナント」タルコフスキーへのオマージュ 

レヴェ



アカデミー主演男優賞受賞、アカデミー監督賞の2年連続受賞、3年連続の撮影賞受賞、本来なら作品賞も獲るべき2015年最高傑作、この話題の映画について語られていないレビューです。



イニャリトゥ監督ほど過去の名監督研究に熱心な監督はいません。

前々作の「ビューティフル」では黒沢監督の「生きる」に刺激を受けたと語っていました。

前作の「バードマン」では全編ワンカットかと見紛うほどの長回し。

長回しの達人としてはヒッチコック、デ・パルマが有名ですがこんなワンカットは前代未聞。

イニャリトゥ監督やってみたかったのでしょうね、難しい作業だったでしょうに。もちろん物語の展開、その緊張感の持続で大成功をおさめたのです。

日本では三谷幸喜さんがテレビドラマで2本やっています。



では「レヴェナント」での挑戦はなに?

もちろんル・ルベツキの美しい映像、ディカプリオの怪演は話題ですが、

わたしにはタルコフスキーへのオマージュと見えたのです。

まずオープニングの美しいせせらぎ、たしかタルコフスキーの「惑星ソラリス」がこんな映像でした。林の立木は「ぼくの村は戦場だった」の森のイメージ。

主人公グラスの妻を回想するシーン、妻の胸から小鳥が飛び立ちますが、タルコフスキーの「ノスタルジア」でマリア像から鳥の群が飛び出すシーンがあります。協会の廃墟は「ノスタルジア」の廃墟を思い出させます。

極めつきはタルコフスキーならの空中浮遊シーン。

まさか、とは思いましたが、グラスの妻が空中浮遊しています。

いま一度DVDで確認してみてください。

あえて幻想的なカットをモンタージュすることで作品に深みを与えている、イニャリトゥ監督の高い映画技術の証左でしょう。



「レヴェナント」の挑戦、もう一つは「インディアンの誇り」です。

ヨーロッパ人がアメリカを征服する前、先住民としてのインディアンは600万人いたといわれていますが、現在は270万人前後です。

先住民インディアンの減少はヨーロッパ人との土地をめぐる戦争にもよりますが「見えない弾丸」といわれるヨーロッパ人の持ち込んだ病原菌による病死が多かったといわれています。

舞台は1823年のアメリカ北西部、この年「モンロー宣言」が出て、先住民抑圧が合法化された象徴的な年です。

映画ではステレオタイプの野蛮なインディアンとして描いていません。堂々とした誇り高いインディアンたちです。

映画の中ほどで現れるインディアン女性はポカホンタス像に似ています。

この映画の後では、もはや従来の西部劇は作られないでしょう。

インディアンをネイティブアメリカンと呼称しますが正しくは「ファーストネイション」でしょうし、インディアンは誇り高い呼称でもあるのです。

Category: 映画

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「靄の旋律」アルネ・ダールの魅力 



「ピアノが上へ下へ、前へ後ろへのんびりと歩きはじめたとき、彼女が部屋に入ってきた。

隣に潜り込んできた彼女の背中に腕をまわす。ふたりは見つめあった。

ふたりのまなざしは同じだった。

ふたりの世界は、救いようのないほどに隔たっていた。

彼女の息遣いを胸に感じ、サックスがピアノと合流するのを耳にした。

謎(ミステリー)は解けたが、靄(ミスト)が残っている。

『ミステリオーソ』

ふたりの散歩が終わりを告げ、サックスが身を振りほどいた。」

ヘレン・ハミル美穂 訳



靄の旋律 国家刑事警察 特別捜査班 (集英社文庫)靄の旋律 国家刑事警察 特別捜査班 (集英社文庫)
(2012/09/20)
アルネ・ダール

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ラストはこうです。

海外ドラマ「靄の旋律」を観ていなければ、おそらく読まなかったミステリー小説でした。

めずらしいことですが、原作よりドラマのほうがよく出来ている傑作ドラマでした。

それは例えば原作では男性の班長役を女性役に振りかえ現代性を出すなど、脚色に周到な工夫があります。

原作のパッチワークのような複雑な物語の展開も、テレビドラマだからこそわかりやすいのです。

ミステリー小説を先にテレビドラマで観てしまうのは本来禁じ手です。

でもこの本に限っていえば、原作を先に読めるかといえば、

散りじりのアラベスクに翻弄されて読み終えることが困難であったでしょう。

それがよく出来たこのミステリーが日本ではヒットしない理由でしょう。


Thelonious Monk : Original Album ClassicsThelonious Monk : Original Album Classics
(2010/04/23)
Thelonious Monk

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いっぽう、なつかしいジャズ喫茶のようにセロニアス・モンクのピアノの音色が聴こえるのは小説のほうです。

おもわず屋根裏から埃のつもったレコードを取り出してしまいました。

ことほどさように、じつに凝ったにくい作風なのです。

本国ではシリーズは十冊発表されているそうですが、日本語訳が出ません。

ここはヘレン・ハミル美穂さんにがんばってもらいましょう。




Category: 文学

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EU離脱を考える「ヘーゲルから考える私たちの居場所」山内廣隆 

ヘーゲルから考える私たちの居場所


「ヘーゲルのカント的国家連合批判」

2016年6月24日この書評を書いている。
おりしも今日、イギリス国民がEU離脱を選択した歴史的な日となった。 
                           
.イギリス国民がEU離脱を選択した理由は総じていえば「主権」の回復を求めたということであろう。

 それはまさしく本書でヘーゲルのいうところの「自立した国家こそ『地上での絶対的威力』であり、国家同士の関係は基本的には排除関係である」に当たる。

経済的理由から国民は残留を選択すると信じていたキャメロン首相は国民の意志を完全に読み違え辞任に追い込まれた。

「国の自立性において、現実的精神である自独存在は現に存在するものとなっているのであるから、このように自立していることが国民第一の自由であり、最高の栄誉である」は勝利した「離脱派」の言葉とさえ思われておもしろい。
                
.カントの提唱する平和的国際体制、諸国家の連合は理想であるが、ヘーゲルは「総じてつねに特殊な主権的意志に基づいており、それゆえ偶然性にとりつかれている」と批判する。そこにはヘーゲルのきびしい人間観察、歴史認識が見てとれる。           

.しかし本書の結論は、ルートヴィッヒ・ジープの
「ヘーゲルの歴史哲学をすべて採用することはできない。とくにわれわれは、理性と自由の必然的進歩というヘーゲルの理論に対しては懐疑的になっている」を引用し、曖昧で日和見的見解で終えているのは残念である。

EU加盟国が自国の主権を回復できないと判断すれば、イギリスに次いでEU離脱のドミノ化が現実のものとなろう。

Category: 未分類

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書評「冷血」上・下 高村薫 

合田が帰ってきた。

高村節のリズム感が戻ってくるのは事件現場に合田が到着してからである。

現場検証、捜査会議の詳細を極めるリアリティ表現はさすがの高村さん。

ただ事件はありふれた強盗殺人事件、犯人逮捕もあっけない。

あえてシンプルな舞台設定にして、

「冷血」な犯人の深層心理を表現しようとするのだが成功していない。

例えば、

T「その汚い安っぽいアメリカに、赤いドレスを着たナスターシャ・キンスキーの下品さがぴったりで、泣けたのです。下品のなかにも、髪の毛一本の差で美になるものがあることを発見したのが、私の『パリ、テキサス』でした。」

本書の中で、もっとも印象深い手紙文であるが、さて今日『パリ、テキサス』のナスターシャ・キンスキー髪の毛一本を記憶にとどめている読者がどれほどいるのだろうかと思ってしまう。

I「いつの間にかひとりで畑に戻っていて、キャベツを金属バットで叩き潰して回っている。ああ、いいえ、だからどうだということではないけども、やっぱり怖いこともありますよ、身内でも・・・」

中学生のいたずらなら、やっぱりだからどうだということではないだろうし、

キャベツが殺人の動機になるかという問いならやはり「ならない」。






よくよく高村ワールドを振り返ってみると、

エンターテイメント小説「レディジョーカー」後の「晴子情歌」から前作「太陽を曳く馬」まで純文学は書けていない。

ごく普通の事務員がある日当然天啓を受けてワープロをたたき始め、

「マークスの山」「レディジョーカー」と驚異的な劇的世界を生み出したが、

人間の原罪を書くほどの天啓は受けていない。

つまりチェーホフはチェーホフなのであってドストエフスキーではないということだろう。




冷血(上)冷血(上)
(2012/11/29)
高村 薫

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Category: 文学

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映画「黄金を抱いて跳べ」井筒監督入魂の一作 

images黄金


高村薫の原作、こんなハードボイルド小説が女性作家に書けるか、高村薫は男だろう?と話題を呼んだデビュー作でした。

その映画化、井筒監督入魂の一作です。

キャスティングがいい、西田敏行さんのジイちゃん役をのぞいて。

モモ役のチャンミンが役得。

幸田役の妻夫木聡、北川役の浅野忠信、それぞれうまくなったなあと感心。

大阪裏社会描写の熱気はすごい、井筒さんの大阪撮りはさすがうまい。

どこかで見た絵作りだなあ、と思いだしていると、

そう、これは成瀬の絵だ、この人成瀬巳喜男の画面作りをよく勉強したんだ。という結論です。

ただ金庫破りになると少しトーンダウン。

セットがちゃちいのか、撮影の技術の問題か、とにかく地下金庫の重々しさが伝わってこない。

高村薫さん独特の物のリアリティが伝わってこないもどかしさ。


原作に忠実すぎるあまりにそれぞれのエピソードが細切れ状態で、

原作を読んでいない人には展開が分かりにくいのでは、とちょっと心配になります。

とにかく原作を読んで高村ワールドに入ってから観るとまたおもしろいはずです。

次回作は「リヴィエラを撃て」でお会いしたい。







「リヴィエラを撃て」

Category: 映画

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高村薫を読む、「レディジョーカー」 


レディ・ジョーカー〈上〉レディ・ジョーカー〈上〉
(1997/12/01)
高村 薫

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高村薫さんの傑作ミステリー「レディジョーカー」がテレビドラマ化され第一回をみました、秀作です。

同原作は2004年に日活で渡哲也さんらにより一度映画化されています。

なかなかの力作ではありましたが、映画2時間30分という時間制約のなかで、とても原作を消化し切れない中途半端な作品となりました。

                レディジョーカー
                            

原作が良ければ良いだけ映画化が難しい、そういうジレンマは藤沢周平の「蝉しぐれ」の映画化の失敗にもありました。蝉しぐれもNHKで時間をかけた連続ドラマのほうがはるかに傑作です。

その意味でもたっぷり時間をかけた今回のテレビドラマ化には期待が高まります。

前回の「マークスの山」を再度視聴してあらためて原作に忠実であると思いました。(週刊誌の記者が女性に代わっていることを除けば)

高村タッチというのがあります。彼女独特の言葉のリズム、これは今までにない乾いた快感です。


「マークスの山」での捜査会議の一場面

「若いキャリアの署長がひとり、いつ会議を始めたものかという顔でしきりに腕時計を覗いているのをよそに、合田と森は最後に着席した。早速我妻ポルフィーリが『土産はあるんだろうな』と底意地の悪い横目をよこし、又三郎は森へ眼を飛ばして『せいぜい楽しましてもらうぜ』だった。すかさず幹部席の林が机を叩いて『そこ、静かに!』と眉をひそめ、隣で碑文谷の副本部長が《本庁の動物園》という顔をし、署長が『それでは始めます』と言った。
  うまいですねえ。

ただ今回は、とくにテレビ放送ゆえのタブーにどう挑戦するか、できるか、脚色の妙味を楽しみにしています。被差別部落、在日朝鮮人、身障者、食品メーカー恐喝とテレビドラマでは避けたいテーマばかりです。ハードルは高いのです。日活映画の場合でも腰が引けていました。

それだけ原作は現代社会の闇を語りつくした凄まじい挑戦であったということです。高村薫おそるべしと世間を唸らせました。

第一回を見る限り原作の意図に忠実であろうとしています。その意気込みや覚悟が観るものにも伝わってきました。次回以降も楽しみです。


さて、高村薫さんという作家、「黄金を抱いて跳べ」「神の手」「わが手に拳銃を」「リヴィエラを撃て」「照柿」と女性作家らしからぬハードボイルド小説で話題になり、「マークスの山」で直木賞受賞、あっという間に大作家の仲間入りしました。

そして「レディジョーカー」、おそらく読者であれ批評家であれ今日までの高村作品のベストワンに挙げるでしょう。

難解になっていくのは「晴子情歌」からでしょうか。純文学への挑戦かもしれませんし、阪神淡路大地震で被災された影響かも知れません。しかし読み続ける読者からすると迷路に入ってしまった印象です。

日経新聞事件、非は新聞社側にあったのでしょうが「新リア王」の延々と続く仏教論にはさすがに新聞小説読者もうんざりしたのも事実です。「太陽を曳く馬」ではあの合田刑事が再登場し読者サイドは混乱の極みに置いてきぼりとなってしまいました。

高村薫という作家は天才型の作家でしょう。紡ぎだす物語は巫女の宣旨のようです。先生は文庫化するときに必ず書き直しをされますが必ずしも成功していません。書き下ろし時の荒々しさがそのまま残っているほうが傑作です。理性ではなく聞こえる声をそのまま書きなぐってほしいのです。

それが震災という災難に遭遇され、空想力の翼を失ってしまわれたのか、成功ゆえの放漫なのかはわかりません。

できれば「レディジョーカー」のドラマ化を機に、初心のハードボイルド小説家高村薫さんを期待したいのです。

Category: 文学

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映画「奇跡の2000マイル(原題 TRACKS)」セミドキュメンタリーの秀作 

2000マイル



アリススプリングス、オーストラリアの地図を開くとど真ん中にある小さな町。そこから砂漠を横断してインド洋まで歩いて女一人旅をしようという無謀な計画を実現した24歳のロビン・デヴィッドソンの実録をセミドキュメンタリーで撮った秀作。

1.なにより主演ミア・ワシコウスカ、体当たりの演技がいい。

ラクダを連れて砂漠をただただ歩く、演技というより過酷な状況の中でロビン・デヴィッドソンになりきっている。

2..カメラワークがいい。

オーストラリアの砂漠の美しさを余すところなく撮っているが、実際は大変な撮影であったろうと思われる。

3.監督、プロデューサーみんな本気。

原作 「TRACKS」を映画化しようとした時から関わる人たちがみんな本気、それこそ命がけで作ってるという気分
がビシビシ伝わってくる。

4.ロビン・デヴィッドソン本人の手記がシナリオになっているためリアリティがはんぱじゃあない。

野生のラクダが襲ってくる、素朴なアボリジニたちの協力、愛犬が大自然の中でよりによって誤って農薬を飲んで死んでしまうなど、とても作家の想像力では思いもよらない展開である。

2000m2.jpg


ロビン・デヴィッドソンのこの困難な旅の成功には本人の努力もさることながら、ナショナル・ジオグラフィック誌の協力とその連載記事に励まされたことは大きい。

ロビンの美貌と強い意志、過酷な砂漠の冒険談にナショナル・ジオグラフィック読者は夢中になったのではないだろうか。

記録映画といってもいい名画である。


Category: 映画

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ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕やはり読みづらい翻訳 

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕


ル・カレの著作を流麗に翻訳されてきた村上博基さんの訳。

どうしちゃったんだろう、ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕はやはり読みづらい。

映画「裏切りのサーカス」の公開に合わせて大急ぎのやっつけ仕事だったんでしょうか。

多くの人が言っているように、翻訳のお仕事も「心ここにあらず」だとこんな不手際が起きるのでしょう。

どんな名作も翻訳者次第で原作者を殺すこともできるという例として、歴史にその名をとどめました。

旧約で違和感なく読んできたル・カレファンにはつらい出来事でした。



Category: 文学

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映画感想「裏切りのサーカス」 

裏切りのサーカス



ル・カレのスパイ小説、『ナイト・マネジャー』がBBCでドラマ化されるらしい。

その前に、ル・カレの傑作映画を観るのも悪くない。



ひさしぶり、大人のための傑作ミステリー映画である。

原作はジョン・ルカレの「Tinker Tailor Soldier Spy」

読んだのはもう30年以上も昔のことである。

本作はわが国に紹介されたルカレの第二作目であったように記憶している。

東西冷戦のなか、スパイの非情さをリアルに描いた「寒い国から帰ってきたスパイ」でわが国でもベストセラーとなった。

またこの二作が大傑作でこのあとは少しレベルが下がったように思う、というより東西冷戦が氷解し、過酷なスパイ合戦にリアリティがなくなったという歴史がある。

まさに言葉どおりの「寒い国から帰ってきたスパイ」である。

よくもまあ40年もの間、脚本を暖めていたものである。

ジョン・ルカレが感激して出演までするのも無理はない。

映画は総合芸術というが、これほど製作にかかわった人たちの熱意を感じさせた作品は近年まれである。

製作中に亡くなったブリジット・オコナーへの追悼のクレジットが入っていて、オマージュの意味もあるのだろう。とにかく脚本がいい。


商業主義のハリウッドではこうは行くまい。


ただ原作を知らない若い人たちには、映画館で観るとよくわからないままあっという間に終わってしまう。

二度三度と見直したというレヴューを見るとそれはそうだろう、と思う。

名だたる俳優がもてる演技力のかぎりをつくして演じている。



ゲイリー・オールドマンのスマイリーははまり役、役者冥利につきるだろう。

ただメガネを変えるだけで時の流れを表現する。

無骨なスマイリーが感情的になるシーンは一ヶ所だけ

「単なる使い走りじゃあないか!」



裏切りのサーカス

原作ではプリドーが主人公か狂言回しになっていたように記憶していたが、映画では学校での生徒との関係が唐突で弱い。ただラスト銃撃のあとのあの涙はたまらない。

新訳はあまりにも評判が悪いので、古い原作を書庫で探すのだがどうしても見つからない、35年前となると。

監督のトーマス・アルフレッドソンはスウェーデン出身らしい名監督。

おそらく英国やアメリカでは引く手あまたであろうし、世界中の役者も出演を希望するだろう。

できれば007の新作に挑戦してほしい。







Category: 映画

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「ナイトマネージャー」BBCドラマ化への期待 

ル・カレのスパイ小説、『ナイト・マネジャー』がBBCでドラマ化されるらしい。

ナイトマネージャー


巨匠ル・カレの作品の多くは最高のスタッフ、俳優で映画化されそれぞれ傑作と評判は高い。
寒い国から帰ったスパイ(1965年)
ロシア・ハウス(1990年)
テイラー・オブ・パナマ(2001年)
ナイロビの蜂(2005年)
裏切りのサーカス(2011年)

しかしそれでも、どの映画もル・カレ小説の濃密かつ気品のある文章世界が表現できているとはいえない。

ル・カレファンの高望みなのだろうが、とても映画2時間半という制限の中で実現できるはずがなかったのである。

さいわい今回、BBCのドラマ『ナイト・マネジャー』は6話構成、物語もル・カレ小説のなかではシンプル。

映画化された過去の作品以上にル・カレの世界が描かれるのではないかとおおいに期待している。





スイスの名門ホテルのナイト・マネジャーであるジョナサンは、吹雪の夜に訪れた武器商人のローパー一行を見て、忘れ難い過去を思い出した。ローパーこそ、彼が愛した女性を死に追いやる元凶となった男だったのだ。やがて、イギリスの情報部から独立した新エージェンシーがジョナサンの存在を知り、ローパーの武器取引の証拠を握るべく彼をリクルートした。ジョナサンは復讐に燃える! 巨匠が現代の巨悪を描破する傑作。

 The Hollywood Reporterによると、『ナイト・マネジャー』ドラマ化を手掛けるのは、映画『誰よりも狙われた男』を製作したインク・ファクトリー。『ハンナ』のデヴィッド・ファーが脚本を担当する。リミテッド・シリーズとのことだが、実際に何話構成になるのか、詳細は不明。シリーズはBBCとの連携で製作され、イギリス側では同局での放送が決まっているとのことだが、アメリカ側の放送局は決まっていないという。

 カレが1993年に発表した『ナイト・マネジャー』は、ホテルのナイト・マネジャーとなった元兵士ジョナサン・パイクが主人公。パイクと、彼の愛する女性を死に追いやった武器商人ローバーとの戦いを描く。Entertainment Weeklyでは、トムがパイク、ヒューがローバーを演じると伝えている。原作にはパイクの相手役となる女性ソフィーが登場するが、他のキャストや監督を誰が務めるかなどは不明だ。

 イギリスの人気俳優2人がテレビドラマで火花を飛ばす。なんとも豪華な顔合わせだが、日本でのリリースも期待したいところだ。

 カレの作品はこれまでも、日本では10月17日に公開予定の『誰よりも狙われた男』や『裏切りのサーカス』(小説のタイトルは『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』)、『ナイロビの蜂』など、多くの作品が映画化されている。

Category: 未分類

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建築家リカルド・ボフィルについて(建築家シリーズ1) 

1990年、わたしはフランスパリ、スペインバルセロナ、フランスモンペリエを旅行しました。

ただただ建築家リカルド・ボフィル(Ricardo Bofill)の設計の建造物を訪ね歩くという贅沢な旅でありました。

リカルド・ボフィル、現在ではあまり知られない建築家ですが、日本では銀座資生堂の赤いビルが有名です。

ボフィル1

その原点は出世作となったバルセロナの集合住宅「ウォールデン7」、

ボフィルがサハラ砂漠を放浪していたときベトウィン族の衣装と砂丘の調和の美しさから発見した「赤」と言われています。

バルセロナ近郊の工場跡地にエントツや倉庫をそのままに赤い集合住宅を造り上げました。

東京銀座にボフィルの「赤」は資生堂会長福原さんのたっての頼みであったのかもしれません。

ボフィル5

もちろんボフィルの代表作は映画「未来世紀ブラジル」のロケ地として有名なパリの集合住宅。

3ボフィル

旅の終わりの圧巻は、街全体をギリシャローマ様式で造り替えた南フランスモンペリエの都市再開発の徹底ぶりでした。

ボフィル4

ボフィルの重厚な設計スタイルは、軽く柔らかなデザインが主流の現代では少し時代遅れの感がありますが、一時代の寵児であったボフィルを懐かしむのもよいでしょう。





Category: 美術

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「水滸伝」19巻 完結編 なるほどだから面白い 

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「水滸伝」19巻 完結編 なるほどだから面白い北方水滸伝。

講談本では梁山泊に最後まで生き残るはずの楊志が北方版では第五巻で早々に死んでしまった、どうして?

その後延々と続く楊令の成長物語はなぜ?

17巻から突然登場する女真族、どうして?

多くの人が水滸伝をいまいち楽しめない、けむたいのは、

主人公たちが梁山泊で全滅する悲劇の物語だからです。

映画「アラモ」が観終わってすっきりしないのと同じ理由。

北方さんははじめから梁山泊全滅の悲劇ではなく、

北宋の滅亡による梁山泊勝利の物語を計画していたんだ。

そのためには「水滸伝」19巻、「楊令伝」15巻、「岳飛伝」16巻、全50巻を読んで欲しい、

これなら読者は胸躍らせる、という恐るべきたくらみ。

だからラストのセリフ、

「武器を捨てよ。童貫元帥は、おまえを助命されると思う」

楊令「その童貫に、伝えろ。

この楊令は、鬼になる。魔人になる。

そうして、童貫の首を奪る。

この国を、踏み潰し、滅ぼす。

いつの日か、おまえの目の前にこの楊令が立っていると、童貫に伝えろ」と吠える。

史実に沿えば北宋は滅び、童貫は首を打たれる。


Category: 文学

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『バードマン』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督 

バードマン

ブロードウェーの不思議のひとつに、
公演初日のニューヨークタイムスの批評次第で、ロングランあるいは一週間で打ち切りが決まる、という理不尽なルールがある。
何か月、何億の経費をかけて準備をしていようとダメはダメ。

この理不尽なルールにもの申したのがこの映画の会話、痛快である。


落ち目のハリウッド俳優リーガンはブロードウェーの舞台に再起をかけるが、プレビュー公演は失敗。バーでニューヨークタイムスの批評家タビサ・ディッキンソンに出会う。

リーガン「批評しているのか。
      面白かった? 駄作か? ちゃんと観たんだろうな。
      くそ批評を読ませろ。」とタビサのメモ書きを読む。

リーガン「未熟?ありきたりだ。無味乾燥?これもそう。
      中身がないだと?もっと具体的に説明しろよ。

      あんたはレッテルを貼ってるだけ、かなり手抜きだな。
      あんたは怠けてる、怠けものだ。」と一輪挿しの花を手に取り

リーガン「これが何だかわかっているか?わからないよな。
     レッテルを貼らないとちゃんと見えない。
     頭に浮かぶ言葉を知識だと思ってる。」

 タビサ「もうおしまい」

リーガン「君の文章には技術も構成も意図もない。
      下らない意見を述べさらに下らない比較を追加、
      君は批評を書くだけで、何ひとつその代償を払わない。
      なんの危険もない、リスクはゼロ。

      俺は役者だ、この芝居にすべてを懸けた。

      よく聞けよ、
      このいまわしい悪意に満ちあふれたクソみたいに下手な批評を突っ込むがいい
       そのシワだらけのケツの穴に」

  タビサ「あなたは役者じゃあない、ただの有名人よ。
       芝居は打ち切り」       
                     ( 翻訳 稲田嵯裕理)

しかし・・・  「無知がもたらす予期せぬ奇跡」が起きる


Category: 映画

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『Mr. Robot』(ミスター・ロボット)Amazonビデオの傑作海外ドラマ 

ミスターロボット


うーん、やっぱりドラマ化されたか、という第一印象ですが、いかにもアマゾン独占配信らしい知的ドラマです。

昼はコンピュータセキュリティーの専門家、夜は天才ハッカーとして悪徳企業をやっつけてしまうという現代の必殺仕事人のドラマ、おもしろい、必見です。

この手のシュチエーション映画は「ソードフィッシュ」あたりから、「ドラゴンタトゥの女」で大ブレイクしたのではないでしょうか。

「ドラゴンタトゥの女」のリスベットはアスペルガー症候群の女性、「ミスター・ロボット」のエリオット君はコミュニケーション障害のオタク青年、という設定。(アメリカでは精神疾患表現モラルがきびしいのであいまいです)

エリオット君の得意分野は暗号解読、ハッカー集団「f・ソサエティ」がエリオット君の能力を確かめながら入会審査をするのがおもしろい。

実在のハッカー集団「アノミマス」でも会員の多くがサイバーセキュリティ会社で働きながら腕を見込まれて会員になっていると聞きます。

ネットにピエロの仮面をつけて「f・ソサエティ」が登場するのも「アノミマス」のパクリではと、笑ってしまいますが、10話では映画「Vフォー・ヴェンデッタ」が大いに関係してきます。予習の意味で「Vフォー・ヴェンデッタ」もどうぞ。

せっかくの『Mr. Robot』(ミスター・ロボット)も7話あたりからリアリティを失って、曖昧なファンタジードラマに転じていきます。

むしろファンタジーにせざるを得ない「見えざる力」にぞっとする秀作海外ドラマでした。


Category: 映画

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Vフォー・ヴェンデッタ(映画)マトリックスより笑える 

              Vフォー・ヴェンデッタ


ハッキンググループのアノニマスの仮面として有名になったガイフォークスマスク。

そもそも事の起こりはこの映画「Vフォー・ヴェンデッタ」から。

何かと世間を騒がすウォシャウスキー姉弟のおバカないたずらなのか、まっとうな映画なのか、

ただ小道具のはずのVフォー・ヴェンデッタマスクが一人歩き。

アノニマスのバイブル的映画として不朽の名作としてたてまつられ、いまだにファンが絶えない。

たしかに良くも悪くも、アノニマスの活動を知ろうとすれば復讐、革命、ヴェンデッタ、と映画はわかりやすい。

ウォシャウスキー兄弟には配給のワーナー・ブラザーズのおえら方もお手上げ状態。

本当はマンガオタクなのか、いや映画製作者として天才なのか、

マトリックスシリーズはともかく「Vフォー・ヴェンデッタ」が社会的影響を強めてまさか歴史的名作になろうとは、読めなかった。

公開の遅れている「ジュピター」も成功するのか、コケるのか、

どうもSMの女王が登場してわけのわからない世界観のようだが、

大丈夫?ウォシャウスキーおねえさま。


*「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟が製作&脚本を手掛けた近未来アクション。独裁国家と化した英国で、仮面のヒーロー“V”が自由を求めて革命を起こしていく。(Movie Walkerから )








Category: 映画

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Vフォー・ヴェンデッタ(映画)マトリックスより笑える 

              Vフォー・ヴェンデッタ


ハッキンググループのアノニマスの仮面として有名になったガイフォークスマスク。

そもそも事の起こりはこの映画「Vフォー・ヴェンデッタ」から。

何かと世間を騒がすウォシャウスキー姉弟のおバカないたずらなのか、まっとうな映画なのか、

ただ小道具のはずのVフォー・ヴェンデッタマスクが一人歩き。

アノニマスのバイブル的映画として不朽の名作としてたてまつられ、いまだにファンが絶えない。

たしかに良くも悪くも、アノニマスの活動を知ろうとすれば復讐、革命、ヴェンデッタ、と映画はわかりやすい。

ウォシャウスキー兄弟には配給のワーナー・ブラザーズのおえら方もお手上げ状態。

本当はマンガオタクなのか、いや映画製作者として天才なのか、

マトリックスシリーズはともかく「Vフォー・ヴェンデッタ」が社会的影響を強めてまさか歴史的名作になろうとは、読めなかった。

公開の遅れている「ジュピター」も成功するのか、コケるのか、

どうもSMの女王が登場してわけのわからない世界観のようだが、

大丈夫?ウォシャウスキーおねえさま。


*「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟が製作&脚本を手掛けた近未来アクション。独裁国家と化した英国で、仮面のヒーロー“V”が自由を求めて革命を起こしていく。(Movie Walkerから )








Category: 映画

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「十二国記」新作は直木賞を受賞する 

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いわば東洋の「指輪物語」、きっと永く読み継がれる名作なので、

新作に直木賞くらいあげておかないと、将来、直木賞選考委員の人たちはきっと恥ずかしい目に合うでしょう。


いまは奇書、あすは名著


食わず嫌いという言葉があります。読書ではさしずめ嫌いなジャンルということでしょう。

若い女性向けのホワイトハート文庫、ましてファンタジーとなればまず本屋で手に取ることはありません。

しかしそれでも是非にと勧める人があり、勧められるままに読み始めた「十二国記」でしたが。

これが美味い、じつに美味い、あらためて食わず嫌いは良くないことだと思い知りました。

本筋の四巻をいっきに読み終わり、ため息ひとつついて、不思議な勧興を覚えました。

レミゼラブルのコゼットの物語のようでもあるし、ブロンテの嵐が丘のようでもある、

いやメルビルの白鯨の味わいでもあり、いや果てはセルバンテスのドン・キホーテの滋味かと。

ともあれ古今の名著が思い浮かぶということは「十二国記」は意外にも大変な傑作なのではないか、と。

「いまは奇書、あすは名著」の例にならうのではないでしょうか。


文学上の特徴

物語は省略しますが、いわゆる貴種流離譚の神話形式をとっています。

神話世界のリアリティを支えているのが中国史「史記」五帝本紀、夏本紀、殷本紀、周本紀あるいは「書経」。

著者小野不由美さんの書誌学の教養は相当なもので、ある執念さえ感じさせます。

東洋史の碩学「内藤湖南」漢字研究の「白川静」の系譜、京都学派につながる人ではないでしょうか。

小説「十二国記」はさしずめ「和漢朗詠集」現代版といえるかもしれません。

大きな特徴は漢字の多用、漢文読み下しの文章にありますが、

その美しさと軽快なリズムから、あらためて日本語見直しの機会になるかもしれません。

著者は「十二国記」出版のいきさつを「はじめ難しすぎて若い女性向きではない」と断られたと語っていますが、

いまどき本気で漢詩、漢文を勉強するのは大学受験の高校生か大学生くらいでしょう。

出版社が販売見通 を完全に誤っていたということになります。

目ざとい漢学者が「十二国記で学ぶ漢文」なる本を出版するほどですから。



それはおそるべき出来事です。


ユング心理学の影響

著者は「あえてモデルといえば若い女性の読者」と語っています。

そのやさしさは、

陽子、祥夐、鈴を通じて若い読者との対話をもっとも大切にしているとのテーマの核心でしょう。

アニメ版では仮面をつけた猿が象徴的に登場します。

もちろん本文でも主人公の心理描写としての猿は出てきます。

アニメ版では少し直接的過ぎますが、

仮面「ペルソナ」と魂「ソウル」の葛藤表現は、ユング心理学を援用しているとの表現でしょう。

そもそも「十二国記」の神話的世界はユングのゆめ世界そのものなのかもしれません。


経験からうまれるリアリズム

若い女性向けのホワイトハート文庫、ましてファンタジー、確かに夢のようなふわふわした話です。

しかし差し込まれている具体的な出来事は深刻な今日的な事件の連続です。

それらは、おそらく著者の具体的な経験に基づくものでしょう。

祥夐、鈴の貧困の苦しさは、著者の困窮生活の実際の経験でしょうし、

陽子の哲学的「意志」の発見は、著者自身の精神的葛藤からの発見でしょう。

著者小野不由美さんは特異な人生経験の自信から、現代に対決しているようにみえます。

経験からうまれるリアリズムの強さが「十二国記」を名作足らしめていると言えるでしょう。

ただそれは筆者のあて推量であって、小野不由美さんは無心に対話を重ねている、というのが本当のところでしょう。

名作の多くが著者も説明できないイリュージョンであったといわれてます。

きっとそういう本たちの仲間でしょう。


いまいちど、いまは奇書、あすは名著。



Category: 文学

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映画「インターステラ」傑作SF 

インターステラ

はじめの15分はほとんどオカルト映画かと見まがう。

娘の部屋の本棚から勝手に本が落ちる、砂が積もる。

農場では野菜が枯れる、砂嵐がやって来る。

どうなるのこの映画は、オカルトはごめんだと思いつつ。

親子が不思議な基地を訪ねたところから本格的なSF映画がスタートする。

「土星の近くにワームホールが出現した」という。

ワームホール?20年近くのむかし 『ホーキング、宇宙を語る』に 出てきた話だ。

たしか宇宙の端には風船のような子宇宙が存在するという信じられないような話だったが、

インフレーション理論というらしい。

映画では、地球に暮らせなくなる人類の次の住み家をワームホール(子宇宙)で探そうと探査機を打ち上げる。

宇宙に飛び出したあたりからラストまで一気におもしろくなるのだが、あとはどうぞ映画をご覧下さい。


この映画楽しみのヒント

「宇宙でも時間はすぎる。でも地球より遅い」

アインシュタインの「一般相対性理論」では

「加速度を行うものは、とまっているものや等速直線運動を行うものよりも、時間の進み方が遅くなる」という。

映画では、宇宙船の加速度をあげるとどんどん時間が遅くなるところの表現がうまい。


「時間は相対的なものよ。

伸びたり縮んだりはするけれど過去には戻れない。{熱力学の法則・・・タイムトラベルはできない)

他に次元を超えられるのは重力だけよ。」


理論物理学者のリサ・ランドールさんらが提唱する余剰次元モデルをなんとか映画で表現しようとしている。

この美人物理学者に映画関係者が参ってしまったのだろう。


リサ・ランドール

「異次元からも作用する重力」が大きな鍵となり、オカルトの謎が解ける。

このSFXは素晴らしい、ぜひ大画面のテレビで覧下さい。

Category: 映画

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映画「インターステラ」傑作SF 

インターステラ

はじめの15分はほとんどオカルト映画かと見まがう。

娘の部屋の本棚から勝手に本が落ちる、砂が積もる。

農場では野菜が枯れる、砂嵐がやって来る。

どうなるのこの映画は、オカルトはごめんだと思いつつ。

親子が不思議な基地を訪ねたところから本格的なSF映画がスタートする。

「土星の近くにワームホールが出現した」という。

ワームホール?20年近くのむかし 『ホーキング、宇宙を語る』に 出てきた話だ。

たしか宇宙の端には風船のような子宇宙が存在するという信じられないような話だったが、

インフレーション理論というらしい。

映画では、地球に暮らせなくなる人類の次の住み家をワームホール(子宇宙)で探そうと探査機を打ち上げる。

宇宙に飛び出したあたりからラストまで一気におもしろくなるのだが、あとはどうぞ映画をご覧下さい。


この映画楽しみのヒント

「宇宙でも時間はすぎる。でも地球より遅い」

アインシュタインの「一般相対性理論」では

「加速度を行うものは、とまっているものや等速直線運動を行うものよりも、時間の進み方が遅くなる」という。

映画では、宇宙船の加速度をあげるとどんどん時間が遅くなるところの表現がうまい。


「時間は相対的なものよ。

伸びたり縮んだりはするけれど過去には戻れない。{熱力学の法則・・・タイムトラベルはできない)

他に次元を超えられるのは重力だけよ。」


理論物理学者のリサ・ランドールさんらが提唱する余剰次元モデルをなんとか映画で表現しようとしている。

この美人物理学者に映画関係者が参ってしまったのだろう。


リサ・ランドール

「異次元からも作用する重力」が大きな鍵となり、オカルトの謎が解ける。

このSFXは素晴らしい、ぜひ大画面のテレビで覧下さい。

Category: 映画

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「磁力と重力の発見」山本義隆 

磁力と重力の発見



 最近の理科系を目指す大学生、高校生、あるいは予備校生にそのこころざしの動機を尋ねると、

山本義隆さんの「磁力と重力の発見」を読んで物理学や数学の面白さを知ったから、と答える者が何人かいた。

驚くと同時に深い感銘を受けた。

「へえ~まるで現代の吉田松陰先生や、著者冥利に尽きるやろ」と

そのうれしさに10年前の本を持ち出してあらためて再読した。

この「磁力と重力の発見」三巻本は別巻の「熱学思想の史的展開 熱とエントロピー 」合わせておそらく歴史に残る名著となろう。

わたくしの個人的読書経験では、

世界は違うが、プルーストの「失われた時を求めて」、ドナルド・キーンの「日本文学史」、塩野七生の「ローマ人の物語」読後の戦慄に近い興奮があった。

若い人に記憶してほしいことは、本の内容もさることながら

わたくしは現代の吉田松陰と例えたが、実際山本義隆氏は28歳で松陰同様社会的に抹殺され、なおかつ62歳で復活しこころざしを遂げたことである。

歌人の道浦母都子さんは2003年11月の朝日新聞書評で『磁力と重力の発見』毎日出版文化賞受賞の印象をこうあらわした。


 その本をまだ読んではいない。
 それなのに、光沢のある白いカバーに包まれた三冊の本を、机の上に置いただけで、心安らぐ気がした。ブラインドを透かして机上に射し込む秋の光が、ゆらゆらと揺れ、白い三冊の本が海に浮かぶヨットの帆のようにさえ感じられた。
 本の名は、山本義隆著『磁力と重力の発見』(みすず書房)。「古代・中世」「ルネサンス」「近代の始まり」の計三巻である。
 書名を目にしたのは新聞の広告欄だった。山本義隆著とあったので、ふっと気になり、切り抜きをしておいた。
 しばらくして、書評を読み、あらためて確信をした。そして、何とかして、あの本を手に入れなくては、と何軒かの書店を訪ねた。
 探しあぐねて、出版社に直接申し込み、宅配便で届いたのが、手元の三冊である。
 山本義隆なる、なつかしい著者名は、私の記憶を三十五年前へとさかのばらせてくれた。

                   ヨット



そして著者本人は、序文でこう書いている。

もとより著者は、物理学の教育のみを受けた一介の物理の教師にすぎず、それがこのようなことを言えば大風呂敷のそしりは免れないし、そもそも本書の執筆それ自体が、僭越をとおり越してほとんど無免許運転にも近い無謀であることは重々承知している。

さて、本文である。

「磁石や琥珀がものを引きつける」という不思議な現象を人々はどう説明したのか、

ただただ磁力と重力について紀元前ギリシャ時代から十七世紀まで歴史はどう語ってきたのか、

丹念に執拗に探っていく、

それはまるで広い砂浜で「磁石」という砂粒を探すという気の遠くなる作業であったろう。

すると「磁石」という砂粒ばかりか、砂浜の形や風紋が鮮やかに見えてきた、ということなのだろうか。

結局のところまったく新しい西洋通史、わけても「哲学史」「宗教史」を語ることになってしまったのである。

例えば、「暗黒の中世史」と呼ばれた時代さえ異端と呼ばれた魔術師や技術者たち、歴史に登場しないいわゆるアウトサイダーの証言を集めれば、「光ある中世史」によみがるという次第である。

一介の物理の教師がフリードリヒ2世の「平和思想」を、トマスアクィナスの「スコラ哲学」の核心を、実に正確に簡潔に語るのである。

クライマックスは第3巻、ケプラー、ニュートンの発見の意外な秘密をを語ることになる。

恐るべき博識というべきである。


そもそも山本先生はどうしてこんな研究にのめりこむようになったのか?

ケプラーを読んでいると「重力」を論じるにあたってしきりに「磁力」「磁力」とくり返されているのにゆきあたり、非常に奇異な気がした。

通説のようにニュートンをガリレオやデカルトとひとまとめに機械論哲学の提唱者としてくくるのは無理があるのではないか、


という疑問に自問自答しようとしたのだと言う。

その間なんと20年、ラテン語を学び、国会図書館に通い、神田で古書を買い漁り、独学した。

そして、これまで20年間にわたって抱き続けてきた疑問にたいして私なりの回答を与えることができたと思う、と結んでいる。

小林秀雄が「本居宣長」でいう学者とはこういう人を呼ぶのであろう、と感嘆した。






Category: 歴史

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ヴァレリー・アファナシェフ -奇跡のピアニスト(その4) 

春の日、早朝5時に目覚めた。

まわりの人に迷惑にならないようヘッドフォンで、アファナシェフのシューベルト「ピアノソナタ第21番」を聴く。

ゆっくり、しらじらと夜が明けていく時間の流れと、アファナシェフのゆるゆるのテンポがうまくシンクロするのだ。


「わたしは亡命者だ。

わたしはつねに亡命者であり続けるのだ。

はじめはソビエトからの政治亡命者だった。

ここパリでは『美学の亡命者』であり『こころの亡命者』なのだ。」
                 NHK「漂白のピアニスト」より


自由を求めて西側に亡命はしてみたものの商業主義に毒された芸術への失望。

そして吉田兼好「徒然草」の世界へ。


アファナシェフ


「シューベルト晩年の作品には死のにおいが立ちこめている。

その音楽は生と死の間をさまよい、美しさと恐怖を併せ持つ。

『絶対的真実の間近にいる』という切迫した予感は、

音楽史上最も不気味な低音部のトリルによって宙吊りにされている。」
          シューベルト「ピアノソナタ第21番」について       
                             




1947年生まれ、今年には68歳になるはず、お互いもう死は近いのだ、アファナシェフさん。



Category: 音楽

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ジャクリーヌ・デュ・プレ(奇跡のチェリスト) 


ジャクリーヌ・デュ・プレの想い出 [DVD]ジャクリーヌ・デュ・プレの想い出 [DVD]
(2005/09/14)
デュ・プレ(ジャクリーヌ)

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ひさしぶりにジャクリーデュ・プレのシューベルト「ます」のビデオを観ている。

1969年ロンドン公演の記録である。

当時、デュ・プレ24歳、新婚の夫ダニエル・バレンボイムは27歳、共にしあわせの絶頂期の映像である。

ヴァイオリンはイツァーク・パールマン24歳。

ヴィオラを21歳のピンカス・ズーカーマン。

最年長33歳のズービン・メータはコントラバスを受け持っている。

若き天才たちの溌剌たる演奏は観るものの胸を熱くさせるが、また悲しみも深くさせる。


カザルスの再来とまでいわれたジャクリーヌ・デュ・プレは16歳でデビュー。

それからわずか10年の演奏活動ののち多発性硬化症にかかり闘病生活に入り、

1987年42歳でこの世を去った、悲劇のチェリストである。



映画に『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』(Hilary and Jackie)(1998年に制作されたイギリス映画。天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの伝記映画。)というのがあるが死者を鞭打つ不愉快な映画であった。彼女をよく知るイツァーク・パールマン、ピンカス・ズーカーマンらが映画会社に抗議している。


ちなみにピアノ五重奏曲「ます」はシューベルト22歳の作曲、青春の真っ盛りであった。

若者たちの純真無垢なこの演奏こそふさわしい。




Category: 音楽

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シューマン 音楽の友その1「シューマンの指」から 

「シューマン『ピアノ協奏曲イ短調』Op54

バロック時代にチェンバロ協奏曲としてはじまり、モーツァルトの手で豊かに開拓された、ピアノ協奏曲というジャンルにおける最高傑作。

・・・各楽章は明確な意匠の下で動機的に関連づけられ、主題は堅固な組み立てにおいて処理されて、高い構築性と奔放な幻想性をふたつながらに、ほとんど奇跡のごとく実現している。」
「シューマンの指」 奥泉 光から


シューマンの指 (講談社文庫)シューマンの指 (講談社文庫)
(2012/10/16)
奥泉 光

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学生時代、音楽評論家を職業としようとした友人がいた、S君としておこう。

当時から月刊誌「レコード芸術」は音楽愛好家にはなかなかの人気の雑誌であった

S君は、その「レコード芸術」の音楽評を書く仕事に就くのが夢であった。

批評文の下書き、大学ノート3冊分をわたしに読ませ、どうだろうか、と問うた。


ところがそういう希望者は何万人もいて、なおかつ新譜評担当の評論家ポストは十人前後で絶対に手放さない名誉ある仕事らしい。

事実、宇野功芳先生なる御仁などは当時から現在までそのポストにゆうに40年は鎮座していらっしゃる。

先ごろ逝去された吉田秀和氏はおそらく雑誌創刊以来の主筆、亡くなられても遺稿が載っている。

つまり、プロ野球のトップ選手になるよりも総理大臣になるよりもむつかしい音楽ファンあこがれの希少ポストらしい。

さすがに友人はあきらめて銀行員になった。



小説家奥泉 光さんも学生時代そんな夢を抱いていたのではないか、かなわぬ夢への趣旨返し。思いっきりシューマンのピアノ曲の評論を書いてみたかったのだろう、ミステリー仕立てで。

それはともかくシューマンの過酷な運命は知る人ぞ知る、自殺もやむをえないと思わせる。

ここで奥泉光さんが絶賛する『ピアノ協奏曲イ短調』Op54を聴いてみよう。

         クリックでピアノ協奏曲イ短調         


Category: 音楽

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「25年目の弦楽四重奏」&「持ち重りする薔薇の花」 

もし人生がもう一つあったら何をしたいかと質問されて、
「第二の人生では心理学者になって、なぜクヮルテットの四人の仲がぎくしゃくするのか研究したい」
と答えたくらいなのに、演奏となるとじつにいいアンサンブルでじっくり聴かせる、
        
                  「持ち重りする薔薇の花」より



持ち重りする薔薇の花持ち重りする薔薇の花
(2011/10)
丸谷 才一

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25年目の弦楽四重奏25年目の弦楽四重奏
(2013/07/03)
アンジェロ・バダラメンティ、アンネ・ソフィー・フォン・オッター 他

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「25年目の弦楽四重奏」はヤーロン・ジルバーマン監督によるアメリカ映画、「持ち重りする薔薇の花」は故丸谷才一さんの遺作小説。ともにそれぞれの世界では趣味人にこそ愛されている佳作。

たまたま、2011年同じ時期に、弦楽四重奏団の音楽家たちを主人公に据えて、悩む演奏家を同じように描いている。

あくの抜けない苦い二品の料理をいっしょに味わうと、これが意外といける、という次第。

映画「25年目の弦楽四重奏」では
第1バイオリン マーク・イヴァニール
第2バイオリン フィリップ・シーモア・ホフマン
ヴィオラ キャサリン・キーナー
チェロ クリストファー・ウォーケン

いっぽう小説「持ち重りする薔薇の花」では
第1バイオリン 「プロフェッサー」厨川 
第2バイオリン 「殊勲賞」鳥海 
ヴィオラ 「テツチャン」西 
チェロ 「チェロさん」小山内  という設定

映画であれ小説であれぎくしゃくする不仲の理由は自らの技量への過信。

とくに第1バイオリンと第2バイオリンの仲たがいが多い。

映画では第2バイオリンのフィリップ・シーモア・ホフマンが第1バイオリンをやりたいと言い出すが、仲間から「君には第1バイオリンは無理だ」言われてだんだん切れてくる。その切れ具合はアカデミー男優賞のフィリップ・シーモア・ホフマンがうまい。

小説では第1バイオリン「プロフェッサー」の厨川君が天狗になって、
「君たちはおれをやめさせたいらしいが、それは筋違いだ。
おれのバイオリンで持っているクヮルテットぢやないか。
いやならそっちがやめてくれ。ぼくがほかのメンバーを探す」と言って出て行く。

それを言っちゃあおしまい、というところだが結局は元のサヤに帰る。

それぞれにあやうい四重奏団、「持ち重りする薔薇の花」とはさすがに丸谷才一さん、うまい。




Category: 文学

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「家族八景」「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」七瀬三部作 筒井康隆 


家族八景 (新潮文庫)家族八景 (新潮文庫)
(1975/03/03)
筒井 康隆

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伝説の復活から2年!大人のエンターテインメント作品
米倉涼子版『家政婦は見た!』再び!

SF小説の出来具合はフィクションとリアリティの混合比によって決まります。

だいたいフィクション4対リアリティ6以上の比率でなければ読者はついていけないのです。

妄想家筒井康隆さんの「家族八景」「七瀬ふたたび」「エディプスの恋人」いわゆる七瀬三部作はSF小説の傑作、

その混合比はフィクション3対リアリティ7。2対8まで比率を上げていれば直木賞だったでしょうが。

小説家筒井康隆の膨大なSF,エログロ、ナンセンス、パロディ小説群のなかで一番の傑作、次点は「文学部唯野教授」。

「家族八景」にはじまる七瀬の超能力者設定は人の心を読み取る能力だけという押さえがいい。

家政婦として他人のうちを覗き込むという「家政婦は見た」の元祖版。

「七瀬ふたたび」はおそらく「家族八景」の思わぬヒットに気をよくした筒井さんが、

ヒロイン七瀬を007並みの活躍をさせるエンターテイメント小説に仕立てて二匹目のドジョウを狙って成功。

さらに「エディプスの恋人」では七瀬が神にまで昇華します。

三部作のクライマックスは60ページに及ぶエディプスの独白。

小説家筒井康隆にしてもっとも美しくもっとも泣ける珠玉の文章。

傑作です。


七瀬ふたたび (新潮文庫)七瀬ふたたび (新潮文庫)
(1978/12)
筒井 康隆

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エディプスの恋人 (新潮文庫)エディプスの恋人 (新潮文庫)
(1981/09/29)
筒井 康隆

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Category: 文学

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量子コンピュータ Φからはじまる まずは量子暗号化から 

001.100.111.000.・・・・Φ
絵具


量子コンピュータの誕生までにはあと10年はかかるといわれています。

そんな中、量子暗号の実用化は意外と早いと予想されていました。

米ID Quantique社の量子鍵配送による量子暗号化技術の商用化の成功は快挙でしょう。

なぜなら、大切なことは、キュビットが実用化されたという事実です。

10年後であれ量子コンピュータの実用化は、私たち一般人には縁のないことですが、

量子論的考え方が一般化するということ、「量子的不確定」を普通の人たちがを当たり前だと思うこと、

そういうパラダイムシフトがガツンと起きることに意味があると思うのです。

「Φ(ファイ)からはじまる」とは大きな社会変革のはじまり、と予言します。


 米アクロニスは9月28日、量子暗号ソリューションの世界的トップ企業である米ID Quantiqueと、高度な暗号解読の手法や量子コンピュータの出現による脅威から、企業を保護するために協力すると発表した。

 今後、アクロニスはID Quantiqueと連携して、量子暗号をアクロニスのクラウドソリューションに導入する。これにより、アクロニスは量子暗号を採用する業界初のクラウドデータ保護ソリューションプロバイダとなる。量子暗号の採用によって、企業のファイアウォールの外部やモバイルデバイス上で増え続けていくデータを保護するとともに、ハッカーやサイバー犯罪から、アクロニスのクラウド上とクラウドに転送する顧客のデータを保護する。

 具体的には、アクロニスのクラウドデータ保護を利用する顧客が、将来的なサイバーセキュリティの脅威やぜい弱性から保護されるように、アクロニスのデータセンターとのデータ転送で最高レベルの暗号化技術を採用する。また、量子鍵配送により、アクロニスの全世界のデータセンターをつなぐバックボーンネットワークに対して、将来的にも耐性のあるセキュリティを提供する。さらに、量子乱数ジェネレータで、ユーザーに対して高品質、高エントロピー、高セキュアな鍵を生成し、アクロニスの保護下にあるデータへの不正アクセスを防止する。(出典デジタル朝日)


Category: コンピュータ

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